師匠のお宅で6時間、自分の家に帰ってから7~8時間稽古。
憧れの師匠方に(脇の仕事に)呼んでいただいて、袖から高座を勉強できたことはありがたかったです。朝起きて気が付けば目の前には円丈、円丈に付いて寄席に行けば喬太郎師匠(※)や彦いち師匠(※)がどっかんどっかん客席を湧かせていて、寄席帰りは白酒師匠たちに使っていただいて。
※ 柳家喬太郎(やなぎやきょうたろう):古典・新作両面で高い評価を獲得し、落語界を代表する人気者。古典は人情噺で知られる柳家さん喬に正統派の落語を学び、新作落語では三遊亭円丈に多大なる影響を受けて今がある。SWAの一員。
※ 林家彦いち(はやしやひこいち):主に新作落語を得意とし、新作落語の一大潮流である「SWA(創作話芸アソシエーション)」を春風亭昇太、柳家喬太郎、三遊亭白鳥らと旗揚げした。
たまに「喬太郎師匠っぽいね」などと言っていただくことがありますが、そりゃそうなりますよ。最初の一年が、こんな毎日でしたから。最初の一年で浴びるように見たのが円丈、喬太郎師匠、彦いち師匠、白酒師匠ですからね。
僕、昔プークで、こんな高座をやったことがあります。まず小話を1分間やって、この小話を喬太郎師匠がやったら、彦いち師匠がやったら、白酒師匠がやったらという趣向でやったんです。いわゆる人気の師匠たちの物真似、完コピですね。仕草から口調から、そっくり真似て。特徴を。それくらい見てましたし、記憶に刻み込まれています。
― いつか、それをまた・・・
いやぁ、もう無理ですね。当時はスポンジでしたから、一からそればっかり吸収していた時期で。そんな時期だからこそできたことですね。今は、もう・・・。というのも、当時はちょっとした流れや、ちょっとした成功、上手いこと言った流れ、小さくても成功のエスカレーターから降りることがまったく怖くありませんでした。いまはマスコミとかお席亭さんたちにも見られるようになってきて、もう、人気の師匠たちの真似なんてできなくなってしまいました。もう、自分の落語をやる時期です。
― どのくらい稽古していましたか?
見習いの時期は月曜から金曜、週5日間通って、師匠のお宅で6時間、自分の家に帰ってから7~8時間稽古していました。休憩を抜いて毎日7~8時間。ずーーっとしゃべってましたね。ずーっと正座して。
前座になってからは毎日ではなく3日に一遍です。午前中は古典の稽古、午後は新作の稽古。うちの師匠は圓生の弟子ですから、古典の稽古がめちゃくちゃ厳しいんですよ。
新作の稽古はと言いますと、お題を三つ選んでくれるんです。庭に池があって、池が見えてるお宅なので、「う~ん。じゃぁ、池と鳥と…。そうだな、見えてるものが同じだから、いつも同じお題になっちゃうんだよなぁ。今日は変えるよ。よし!じゃ、3つめは机!」って言うんですけど、いっつも最後は机なんですよ(笑)。だから僕、机が出てくる新作落語、いっぱい持ってるんです(笑)。厳しいだけじゃなく、楽しい師匠なんです。
― 3日に一遍ということは、残りの2日は?
残りの2日は「俺んちに来ると緊張してしまうだろうから来なくていい。来なくていいから、俺んちに居るつもりで死ぬ気で落語の稽古をやれ、落語のことを考えろ。面白くなれ」という教えです。あとは「近くに住むな。近くに弟子が住んでいると俺も頼っちゃうし、お前らも俺を意識しちゃうだろう。だから近くには住むな」。ですので、2日間練習、3日目に(師匠のところに行って)発表。を繰り返していた感じです。
ひたすら、円丈ラブ。
― 当時のことを、思い返してみどうですか?
見習い時代はほんと、楽しかったなぁ。見習い時代はほぼ毎日、師匠の家に通ってたわけですから。もうへとへとで随分居眠りとかしてましたね。正座のまま、こんなんなりながら(居眠りの仕草)稽古をつけてもらって。それでも楽しかった。あの一年があったから、今僕はお仕事をいただけているんだなと思います。あの時、ちゃんと鍛えていただいたので、今の自分があります。僕にどんな才能があるかはわかりませんが、あの一年を乗り切るだけの力があったことは確かですね。
今でもときどき、今の自分を戒めるかのように、ずどんとあの頃の風景が自分に降りてくるときがありますね。「お前、もっと頑張れるだろう。あの頃、もっと稽古してただろう。もっと我武者羅に頑張ってただろう」って。
お客さんに思うようにウケないときってあるわけです。そんなときはすごいショックで、そういうメンタルのときは無性に師匠に会いたくなるんです。見習いの一年間、本当に円丈に詰め込み教育というか、マンツーマンでみっちり落語の基礎を叩き込まれた時期、今思い返しても本当に楽しかったなぁ。同期のふう丈兄さんと3人で、ばりばりもりもり切磋琢磨してたあの頃。
ふう丈兄さん(※)も僕も、二人ともこの世界に賭けて入門したんですね。退路ナシ。逃げ道ナシ。もうこの世界で喰っていくしかないと覚悟を決めての入門。ですから、絶対にお互いを蹴落とそうとか汚い真似は止めよう、悪口は言わない、助け合う、フォローし合う。お互いが言わなくても、そんな風に思って、競い合うように修行していました。師匠は、そんなライバル関係にあった僕たちを見て楽しんでいたらしいですけどね。“俺を奪い合う二人の弟子!”みたいな気持ちで。ドSですよ、師匠(笑)。
見習いから前座に上がると、他の師匠方とも沢山会うことになります。でも、僕個人はずっと円丈に会っていたかったですね。僕は円丈の古典を聞いて入門の意思を固めましたから。
※ 三遊亭ふう丈(ふうじょう):九番弟子。ふう丈さんの方が、わん丈さんより、少し先に弟子入りに来たので九番弟子に。
― 円丈ラブですね
めっちゃ好きです。師匠のこと。一度も嫌いに思ったことがありません。うちの師匠じゃなければ僕はダメだったと思います。
チラシ掲載の文章は、インタビュー記録からの抜粋です。全文は、ここでしか読めません。ぜひ、読んで感じて知ってください。わん丈さんの素顔。そして本音。
三遊亭わん丈 独占インタビュー(2)