<はじめに>

2020年にお呼びする予定だった一蔵師匠(当時は二つ目)。このたびようやく、お呼びすることができます。4年近く、お客様にも、師匠にもお待たせいたしました。改めて取材させていただきましたので、ここに掲載いたします。

真打昇進後早くも5カ月で、末廣亭でトリ興行。人気と実力、無尽蔵。

― 2022年9月に真打に昇進なさいました。いまさらですが、おめでとうございます。真打に昇進して、いかがですか。

寄席の出番が増えて、楽しいです。それと、真打昇進で良くも悪くも気が付いたことが多すぎて、まだまだ、がんばらないといけないんだなと身に染みて実感している毎日です。芸の道は険しいです。「真打はゴールではなくスタートだ」と、これまで披露興行など諸先輩方、みなさんがおっしゃっていたんですが、いままではあまりピンと来ていませんでした。それが、ようやく(自分が真打になってみて)ピンと来たというか、ひしひしと感じている次第です。高い階段のようやく一段目に足がかかったな…くらいの感覚で、上を見上げると終わりの見えない階段が天に向かってずっと続いているという。とてもじゃないけど、辿り着くのが大変、辿り着けるのか?という不安を感じています。

― 新宿末広亭2月下席、早くも主任興行(一蔵師匠がトリ)を務められました。真打昇進後5か月での初トリは、兄弟子の一之輔師匠に並び、所属する落語協会では、2番目の最速記録(※)だそうですね

披露目のときのトリ(寄席の最後に登場する演者)と、自分の主任興行のときのトリは全然違いました。披露目のときはお祝いムードなので好意的な雰囲気なのですが、通常の寄席のトリは「どんな高座を見せてくれるんだい?」といったお客様の視線も感じました。日によって雰囲気も違いましたし。もちろん、真打昇進してこんなに早く、寄席でトリをとらせていただいたことは感謝しかありません。大変でしたけどうれしかったです。

1977年以降で最速となる蝶花楼桃花師匠(22年7月)の4か月に次ぐスピード記録

― 初トリでの感想をお聞きしたいです

寄席の出番は通常15分です。ですので、トリをとらないと長い噺はできません。「末廣亭の披露目興行のときに掛けていなかった根多をやろう」と考え、臨みました。長い噺を寄席でかけられるチャンスです。このチャンスが8回ありました。「どの根多(長い根多。所謂、大根多)をやろうか?」と真剣に考える時間ができたこともうれしかったですし、何よりありがたかったです。

新宿末広亭の2023年2月下席(全8日間)で
一蔵師匠がかけた根多一覧
02/21(火)初 日「 笠 碁」
02/22(水)二日目「 らくだ」
02/23(木)三日目「 竹の水仙」
02/24(金)四日目「 死 神」
02/25(土)仲 日「 試し酒」
02/26(日)六日目「 寝 床」
02/27(月)七日目「 井戸の茶碗」
02/28(火)千穐楽「 火事息子」

― 初日は「笠碁」でしたね

はい。初日は緊張しました。自分の中ではもっとも納得いかなかったのが初日の「笠碁」です。落ち込んでいたんですけど、その日の打ち上げで(一朝)師匠やおかみさん、文蔵師匠(※)に「いいんだよ。一生懸命やりな」と励ましていただいてから、ふっと肩の力が抜けました。二日目からは「普段通り、ぶつかっていこう」と思えましたね。

春風亭一朝(しゅんぷうていいっちょう):一蔵師匠の師匠。5代目春風亭柳朝の総領弟子。キレのある口演で「江戸っ子」を演じたら右に出るものなし。歌舞伎や落語での囃子を担当する程の笛の名手。2020年3月 第70回芸術選奨文部科学大臣賞(大衆芸能部門)受賞。

橘家文蔵(たちばなやぶんぞう):3代目橘家文蔵。強面でダイナミックな高座は迫力満点。と同時に登場人物の細かな心理描写、演じ分けに定評がある。一蔵さんが惹かれるのも納得。扇辰師匠・小せん師匠と共にフォークユニット「三K辰文舎」(さんけいしんぶんしゃ)も。

― 寄席では、前の噺家さんが演った根多はできません。根多が重複しないように選ばなければいけません。最後に高座に上がる真打は根多選びも相当大変だったのでは?

自分の場合、トリ根多の候補を15席くらい挙げて、いつでもできる状態に仕上げておきました。で、毎日、その中から根多が“つかない(※)”ものを、その日に応じて演りました。

※ 根多が “つく”:同じような系統の噺をすること。例えば、泥棒が出てくる噺(例:「穴泥」「もぐら泥」「だくだく」「釜泥」「締め込み」「転宅」「夏泥」等)を誰かが先に演ってしまうと、それ以降、その日の寄席の高座にあがる落語家は泥棒が出てくる噺は避けなければならないという寄席のルール。その他、若旦那が出てくる噺(例:「湯屋番」「船徳」「唐茄子屋政談」「幇間腹」等)や、与太郎が出てくる噺(例:「道具屋」「かぼちゃや」「錦の袈裟」「孝行糖」等)、お酒の噺、侍の噺、廓噺など系統は複数ある。

― 「笠碁」とは逆に、「これは一番よくできた、会心の出来だ!」と思ったのは、どの根多ですか?

「死神」ですね。末廣亭ですので「死神」は絶対に掛けたいとは思っていました(※)。ところがですね、前日、かなり深いお酒をいただきまして、その上、当日お昼には「BOAT RACE びわこ」の一日配信番組というものもありまして。午前9時から午後17時まで、ずっとなんですね。しゃべりっぱなし。気づいたら、物凄く負けてるし、眠いしで、もうヘロヘロ(苦笑)。休んだら起きられない!と感じましたので、収録スタジオから末廣亭まで歩いて、根多をさらいながら(練習しながら)、歩いて向かいました。もう、今日のこの“博打負けた感”であれば、きっといい死神ができるんじゃないかなと(笑)。 

 ― 根多は“つき”ませんでしたか?

「死神」って噺は、ほとんど“つかない”噺なんですよ。唯一“つく”のは「医者が出てくる噺」だけ。例えばでいいますと「代脈(※)」くらい。めったに“つく”ことがないんですね。また、15分でできる(長さの)噺でもないので、昼席のトリの師匠が演ってさえいなければ大丈夫ってレベルの噺なんです。なので、末廣亭に到着早々、昼の部の根多帳で確認して、(大丈夫だ。やれる!)と。

― その結果…

はい。会心の出来でした。お客さんと一体になって、噺にすっと入っていけました。高座と客席がひとつになったと言いますか。

新宿末廣亭:現存する最古の木造建築の寄席。江戸の風情を色濃く残し、適度に暗めで雰囲気もよく、怪談噺もよく演じられる。また、このことから米津玄師さんの楽曲「死神」のプロモーションビデオの舞台にもなった。米津さんが座っていた席には印がついている

※ 「代脈」(だいみゃく):医者の内弟子の銀杏が大先生の代脈(代理往診)として、商家のお嬢さんの診察をすることになった。初めての代脈なので行く前に挨拶、羊羹の食べ方、診察などの手ほどきを受けるのだが…

― 仲日「試し酒」の日は、娘さんも見にいらしていたようですね。

友だちを連れて来てくれました。

― 娘さんの高校生当時の担任の先生のまくらから、もう会場は大爆笑でした

娘が来てくれた日には、わざとやるんです。娘からは「(私のエピソードで笑いを取っているんだから)使用料払って!」と毎回言われます(笑)。

― トリの打診は、いつくらいに、誰からあるのですか?

自分の場合は2022年の12月、「(新版)三人集」(※)に向かっている赤坂でした。落語協会の事務局長からの電話でした。いつもは事務員さんからなので、何かな?と思って電話に出ました。「末廣亭の2月の下席、打診が来ているんですが何日出られますか?」と。

※ 三人集:「ミックス寄席(オフィスM's)」の加藤さんによるユニット。春風亭一蔵、入船亭小辰改め十代目入船亭扇橋柳亭市弥改め八代目柳亭小燕枝の3人。新版三人集。元々の「三人集」は、柳亭市馬・立川談春・柳家三三の三人によるユニット。

― 「何日出られますか?」とは?

寄席における暗黙の了解として、期間中2日以上休んじゃいけないんですね。なので、すでに予定が決まっていて3日休まないといけない場合は、引き受けられないんです。2月の下席は8日間(通常は10日間)なので、2日も出られないんじゃだめといった雰囲気なわけです。でもその前に「出れるかな?」とかじゃなしに、『俺にトリの打診が来た?嘘だろ!?』って思って地面が揺れましたね。信じられなくて。夢みたいで。

― 真打になりたてのご自身に、こんなにも早く声がかかった理由は、なんだと思いますか?

なぜでしょうね。真山さん(真山由光社長。新宿末広亭の席亭、経営者)には二つ目の頃から可愛がっていただいています。僕の初高座は末廣亭ですし、真打昇進襲名披露興行の際も僕は4日間、末廣亭でトリをとったんですね(※)。そういうこともあって、目をかけていただいたのかも知れません。

 あと、一之輔兄貴(※)が末廣亭でトリを取る場合は、僕を開口一番とかではなく、「仲入り後」の出番に顔付けしてくれていたんですね。そうすると何が起きるかというと、席亭が聞いてくれる機会が増えるわけです。さすがに席亭と言っても、お忙しいですから開口一番からすっと高座を見続けるというのは難しい。でも「仲入り後」だと聞いていただける。スピーカーでずっと流れていますので。そういったラッキーが全部重なったんだと思います。

※ 春風亭一蔵、入船亭小辰改め十代目入船亭扇橋(せんきょう)、柳亭市弥改め八代目柳亭小燕枝(こえんし)の3人が真打ち同時昇進し、50日間の襲名披露興行を行った。その際の話。

春風亭一之輔(しゅんぷうていいちのすけ):一蔵師匠の兄弟子。日本テレビ「笑点」の一番新しいメンバー。

― 「三人集」と言えば、「三人集あっさり解散特別公演 新版三人集 お盆三夜」という会が。解散なのですか?

はい。「新版三人集」としては解散です。「真打になったのだから、いつまでもユニットではないだろう」ということで。それぞれが独り立ちしていこうと。ユニットではなく、今後は「三人会」として、と思ってのことです。決して、仲違いしたとはそういうことではありませんので、ご心配なく。一蔵、扇橋、小燕枝の3人が揃う会は他でも行われますので。

― 「くがらく」2部での根多だし「文七元結」について。

リクエストいただいてうれしいです。季節も丁度いいですし。

― (一蔵さんの「文七元結」は)連雀亭で初めて聞いて、思わず涙してしまいました

ありがとうございます。噺家冥利に尽きます。

― 連雀亭と言えば、㐂三郎師匠との二人会「あラやしき」は、もうやらないのですか?

そうなんですよ。二人でやろうやろうと言いながら、全然開催できていなくて。熊本巡業では大好きな兄さん(㐂三郎師匠※)とずっと一緒なので、それで満足しているきらいもあり…。落ち着いたら「あラやしき」的な二人会はぜひ復活させたいなと思います。

柳家㐂三郎(やなぎやきさぶろう):2022(令和4)年3月 令和3年度国立演芸場「花形演芸大賞」銀賞受賞。「何が何でも笑わせる!というスタイルの、僕が大好きな兄さん」(一蔵師匠談)。「あラやしき」は㐂三郎(当時、二つ目・小太郎)師匠と一緒にやっていた二人会。

― 10月には『蔵がたつまで…』という独演会(※)も。

そうなんですよ。㐂三郎兄さんとの二人会の件もそうですけど、段取り組んだり、予約受け付けたり、自分の会を自分で起こすのが億劫で。そんなことじゃいけないんですけども。

※ 正式名称「春風亭一蔵 独演会 ~蔵がたつまで・・・~ ~ネタおろしマクリ~

― これからの目標などお聞かせください

真打昇進してから1年間、根多下ろしの作業を怠りまして。噺家になってから、こんな長い期間根多下ろしをしなかったことがないんです。前座の頃から12年間、ずっと続けてきていました。が、真打昇進してから1年間、初めて根多下ろしの作業をさぼってしまいまして。(真打になってから)「なんだか軸がねぇなぁ」とは感じていたんです。その原因が、根多下ろしの会をさぼっていたことでした。なので、これではダメだ!と一念発起して、夢空間さんに声をかけて。

― 二つ目時代とは会場も変えて?

はい。真打になったからには、二つ目時代よりも大きな会場を抑えて、自分にそれを課してやらないといけないなと思いまして。二つ目の頃と、落語の本数自体は変わらないんですけども、会がないとやらないんですよね。なにせ(根が)怠け者なので。お察しください(苦笑)。

― 根多下ろしって、大切なのですね

そうです。(根多下ろししないと)持ち根多は増えず(噺家として)成長もしませんし。本当に怠け者ですからね。寄席では確実に笑いを取りたいから、できるだけ冒険はしない(得意の根多を演ることが多い)。そうなると、確実にウケる根多は限られてきてしまう。なので、新たな武器を仕入れないといけません。

― 覚えたい根多は、もうあるのですか?

これまでまったく取り組んでこなかった怪談噺にも挑戦したいと思っています。「としま区民センター」での根多下ろしの会も考えています。隔月でやっていこうかと。根多下ろしの会って、自分の生活のリズムにもなるんでいいんですよ。定期的に、そこに向かって根多を覚えていこう、稽古を重ねていこうという縛りにもなりますし。ただし、根多下ろしのクオリティも上げていかなればいけないと思っています。二つ目とは違うので。しっかり仕上げた状態で、お客様の前で演りたいなと思っています。

― 今回の「くがらく」は1部・2部制。どんな感じですか。やりやすい、やりにくいなど。

やりにくいことはありません。なんの問題もありません。逆に楽しみです。

― 先週の予約開始以来、1週間で早くも50%ほど埋まりました。すごい勢いで予約が来ています。4年間近く待っていたみなさんに、ひとことお願いします

すごいですね。ありがたい。4年前に観るよりも絶対に満足させる自信があります。逆に「4年間、待ってよかった」と思っていただける、進化した一蔵をお見せしたいと思います。むしろ、1部・2部通しで(どちらも)ご予約ください。通しで見ていただいても楽しい高座にしますので。ぜひとも、楽しみにしていてください。

(インタビュー&撮影:2023年8月吉日)

取材・構成・文:三浦琢揚(株式会社ミウラ・リ・デザイン


チラシ掲載の文章は、インタビュー記録からの抜粋です。全文は、ここでしか読めません。ぜひ、読んで感じて知ってください。二つ目時代とは違う、一蔵師匠の本音、素顔。

春風亭一蔵 独占インタビュー(真打昇進後)2023年取材

春風亭一蔵 独占インタビュー(1)※以下、 2020年のものです

春風亭一蔵 独占インタビュー(2)

春風亭一蔵 独占インタビュー(3)

春風亭一蔵 独占インタビュー(4)

春風亭一蔵 独占インタビュー(5)

春風亭一蔵 独占インタビュー(6)

プレゼントあり!「くがらクイズ」 一蔵篇