「僕は噺家。それが商売。だから目の前のお客様は絶対確実に喜ばせたい。」
― (一蔵さんご自身の)ブログを読むとわかりますが、あっちこっちの会に引っ張りだこじゃないですか。
いやぁ。それはヨイショ(笑)…ヨイショしてるっていうか、もう何でですかね。たまたまだと思うんですけどね。でも二ツ目(の噺家は)、みんな忙しくないですか?みんな働いてるのが、たまたま裏返ってる(二度目以降も呼ばれる。贔屓になれる)だけで。
あと、僕、「裏が返る」で言うと、確実に来年も呼んでいただけるように、まず間違いない(確実にウケる)ネタをやります。「(自分として)昨日も同じ噺してたから、今日、ここでは別の噺」というふうには考えません。前日やってようが、三日続いてようが、自分で(そのネタに)飽きてようが飽きていまいが、その会の方々は僕を初めて聴くわけですから、「これだったら絶対確実に喜んでいただける(=裏を返せる)」という、その日の最善のネタを選んでやります。
「それじゃあ落語的に上手くなんないよ」とか「ネタが増えないのでは?」って思われるかもしれませんが、僕は商売で噺家をしているので、「お金をいただく」ってことは何かを真剣に考えています。美学とかそんな事言ってられないですから。お金を頂戴する=目の前のお客さんを必ず喜ばせる、ってことだと思っていますので。だから「パンツ破けて~」も、「股が破れて~」も平気でやります。それで喜んでくださるお客様であれば、使い古された小噺でもなんでもやります。やってとにかく喜んでもらう。それが僕の仕事なので。
― なるほど。やはり(噺家になる前の職業経験が豊富で)働くこと、ビジネスの何たるかをご存知だからでしょうね。
はい。お金はそう簡単にもらえないと思っていますので。
― そんな落語家としての楽しさ、一蔵さんなりに教えて下さい。
楽しさ…。落語家の楽しさ…。
― 落語家、っていうか落語でもいいですけど。
落語家の楽しさ、それは高座に尽きますね。あれはもう、魔物だと思いますよ。一回でも(高座に)上がって、一回でもウケちゃったら、おかしくなっちゃうんじゃないっすかね(笑)。
ホントに年に何回かぐらいの、ホントにいいお客さんで、良い感じで自分も来てて、で、そうすると今度ちょっと引いてみたりするわけですよ。「これはここではまだ笑わせないよ」みたいな(笑)。じらしてみたりとか。そういうのが、もうバッチリ、ストーン!って出来た時の帰りの電車中でのニヤニヤ、ワクワク、テンション止まんないよ!っていう感覚は落語家やってて良かったなって思いますね。でもそれと同じぐらい、(高座に)上がる前は逆に「はぁ、もう帰りてぇ…」「やりたくない」って思ってたりもするんで。だから、辛さとその終わった後の、「緊張と緩和(※)」じゃないですけど、だから両方抱えてはいると思いますね。
※ 緊張と緩和:上方落語の天才・桂枝雀(しじゃく)が唱えた独自の落語理論のうちの一つ、「緊張の緩和理論」。緊張していた場が緩和することによって笑いが生まれるというもの。
― なるほど。
前座の頃は、そんなことわかんなかったんですよ、全然。とにかく高座に上がりたい、滑ろうが何しようがとにかく上がりたい、喋りたいってだけを思っていました。二ツ目になると、やっぱり考えるようになって、「このまんまじゃマズいな」とか、売れてる噺家との二人会のときに「あぁ、押されてんな(やばいな)」とか。小太郎兄さんとの二人会とか特にそう感じますね。
― でも、もう確実に狙った獲物を仕留めることが出来るようになったんじゃないですか?
まだまだ全然。もう全然まだまだ。お客様のおかげです。僕、ブログでも「今日は良いお客様でした。楽しくやらせて頂きました」って書きますけど、あれはヨイショじゃないですから。未熟な僕の高座をお客様が助けてくださったと本当に思ってるんで。自分がまだまだなのに、こんなにも喜んでくださったなら、それは僕がお客様を笑わせたんじゃなくて、「お客様の笑いで僕がやらしてもらってる」っていう。そういう気持ちですね。いつも。
― 2020年の目標を教えて下さい。
びびらないでやる。ハートを強くするのが目標ですね。あとは、いまお酒を控えていまして、もしももうちょい痩せてきたら、「真景累ヶ淵」など怪談話にも挑戦したいと思っています。(このからだつきでは)絶対出来ない噺だと思っていたんで(苦笑)。明らかに自分のキャラじゃないと思って。
でも、(お酒を控えることで)少し痩せてきたので、もっとしっかり痩せたらできるのかも?と思い始めてきました。今年じゃなくて今後。今後、何かそういう超真面目な、いわゆる全然くすぐりのない噺をやってみたいですね。
結構好きなんですよね、怖い話とか人情噺とか。その手の噺の方がハートがやられなくて済むんですよ(笑)。例えば滑稽噺だと、「なんでここでウケねぇんだよ」とか「なんでここで」ってなるじゃないですか。それが人情噺だと気にする必要がない。要するに、ウケなくていい。その噺に集中してるだけでよくって、自分の弱点が突かれないという部分があるので(笑)。
※ 真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち):明治期の落語家・三遊亭圓朝によって創作された怪談噺。
― だから「文七元結」で、あんなに(お客さんたちの)ハートを掴んで…。
第四場面、文七と旦那が帰って来て、あそこが一番の笑いどころで。コントみたいなところじゃないすか。あそこまではまったくウケなくても、ちゃんと成り立つっていうのはわかってるんです。だからハートでは勝ってるんですけどね。だから、そのほかの噺も、そういう気持ちでやるべきなんだと思います。
― いま怪談噺はお持ちではないんですか?
「お菊の皿」(※)、「おすわどん」(※)ぐらいですね。いわゆる、笑いの怪談噺みたいな。
― では「真景累ヶ淵」もそうですけど、「もう半分(※)」のような(怪談噺は)。
ガチなのは持ってないですね。やってみたいですね。はい。そういう類の。
※ お菊の皿:お菊の幽霊を見に、番町は麹町にやってきた男三人。次第にお菊の美しさに惹かれ、また、怖いもの見たさの見物人が大勢の客になり…。
※ おすわどん:徳三郎は妻を亡くし、女中のおすわを後妻に迎えた。すると、夜な夜な「おすわどーん」と呼ぶか声が聞こえはじめ、人々は前妻の幽霊だ!と恐れおののくのだが…。
※ もう半分:ある居酒屋の常連の親父。実に変わった飲み方をする。一合の酒を一度に頼まず、はじめに半分の5勺を飲みきってから、「もう半分…」と残りの5勺を頼むのだ。背筋がぞくぞくっとする、かなりおっかない怪談噺。
― 一朝師匠は笛もお上手で芝居噺や音曲噺もお得意です。そういう系統の噺はどうなんですか?
一朝の弟子なのに芝居噺などは好きじゃないですね。例えば「七段目(※)」とか「淀五郎(※)」とか。うちの師匠のは好きですけど、自分でやるのは面白いとは思わないですね。唯一やるのは「蛙茶番(※)」ぐらいで。苦手意識が強いのかも知れません。
※ 七段目(しちだんめ):芝居狂いの若旦那。あきれた父親が帰宅してきた若旦那を2階へ追い払う。そこで小僧の定吉と芝居のまねごとを始めるのだが…。歌舞伎の人気狂言である『忠臣蔵』を題材とした落語のひとつ。
※ 淀五郎(よどごろう):若手の澤村淀五郎の苦悩を描いたネタ。歌舞伎の人気狂言である『忠臣蔵』を題材とした落語のひとつ。この落語『淀五郎』で主人公の淀五郎を励ます役で登場するのが名優・中村仲蔵。門閥外から大看板となった立志伝中の人で、人情噺『中村仲蔵』の主人公。
※ 蛙茶番(かえるちゃばん):素人芝居を題材にしたネタ。舞台番(舞台袖で客の騒ぎをしずめる役)担当・建具屋の半公がいつまで待ってもやって来ないので、丁稚の定吉を迎えにやると…。
― お酒を控えているというのは。
患ってるというわけではないです(苦笑)。今までは1年365日毎日飲んでたんですけど、ちょっと止めてみようかなと。そしたら痩せるんですよ、これが。
それまでは「今日はこのお酒飲みたいから、この料理が良い」などと思って食べてたんですけど、いざ飲まないってなると「腹に入れば何でも良い」って思いはじめまして。だから必然的に痩せるんです。「サラダで腹一杯になるんだったらサラダで十分」とか。結局、酒を止めてから4㎏ぐらい減ったんですよ。一気に。「これ、痩せるんじゃねぇか?」って気づいて(笑)。だから決してダイエットしてます!じゃなくて、もう自然と。
― お酒の出てくる噺はお好きですか?
好きですね。「猫の災難(※)」とか「親子酒(※)」「替わり目(※)」「試し酒(※)」、好きですね。
※ 猫の災難:一文無しの熊五郎が、猫の病気見舞いの余りもの(大きな鯛の頭と尻尾)をもらった。すると…。
※ 親子酒:酒好きな大旦那と若旦那の親子。大旦那は息子の酒癖が悪いことを心配して一緒に禁酒しようと話をする。しかし…
※ 替わり目:酔っ払った亭主が帰ってきた。女房に寝酒を飲まなければ寝られないとからみ、女房は渋々おでん屋へ出かけていくのだが…。
※ 試し酒:大酒飲みの久造が「五升は飲める」と豪語。そこで本当に呑めるかどうか大店の主人と賭け事を…。
― 好きな言葉ってありますか?座右の銘とか。色紙に書いてくださいって言われたら必ず書く言葉とか。
「全速ツケマイ(※)」。競艇用語なんですけどね(笑)。
― これはどういう意味なんですか?
競艇って、もうアクセルを握りっぱなしで回るんです。普通は曲がる時に、クッて握りこんでから回るんですけど、そのまんま。もうこのまんま回っていくことをツケマイっていう。まぁフルスロットルみたいな。
※ ツケマイ:競艇界の特定の選手にしかできない超絶テクニック「ツケマイ」。旋回している内側の艇のすぐ外側をなぞる様に旋回して、内側の艇よりも前に出る戦法。とても難易度が高く限られた選手にしかできない、華がある技
― 最後に「くがらく」にお見えになるお客様に向けてメッセージを。
僕、春風一刀(一蔵さんの弟弟子。第14回くがらくに出演)よりウケるつもりで全力で行きますので、宜しくお願いします。って書いておいて下さい。春風一刀さんに負けないように。全力で行きますって。
~あとがき~
人はどうしても、まず見た目で判断してしまう生き物。
なので、一蔵さんは見た目で(損とは言わないまでも)「もったいない」思いをしているのではないかと思っています。
どうしても先入観として、「体格が良い=ダイナミック、元気いっぱい(エネルギッシュ)」。その反面、「繊細さに欠けるのでは?」と思われがちなのでは?と思ってしまうのです。
協会のプロフィール欄を見ても「好きな噺:乱暴者の出てくる噺(※)」って書いてありますし、プロフィール写真も腕まくりで啖呵切ってるっぽい写真ですし(笑)。
※ 乱暴者の出てくる噺というのは「二つ目に上がる前、前座の最後に(橘家)圓太郎師匠に厳しく稽古して頂いて覚えた『らくだ』が、その当時一番好きだったから書いただけ」だそうです。
でも、違うんですよね。(もともと、そのような先入観を感じない方の方が多数かも知れませんので、個人的印象だとご容赦ください。)
インタビューにもありましたが「緊張と緩和」を見事に高座で操りますし、「人情噺が好き」で、人の気持ちの動きに敏感な、気遣いの人・一蔵さんですから、人物の機微、心理、描き方、演じ分けも素晴らしいです。一蔵さんが文蔵師匠に惹かれるのは、とても良くわかります。
一本調子な高座ではなく、陽気な八五郎にも、威勢のいい親方にも、人情を知る女将さんにもなり切れるのが一蔵さん。
お客さんを置いてきぼりにせず、一体になれる一蔵さん。(落語がお客様との共同作業だと知っているからこそ)。
3席も聞いたら胸焼けすると思ってませんか? 違うんですよね、これが。
豪胆でありながら繊細。
第21回のくがらくで「一蔵フルコース」を堪能していただきたいと思っています。
(インタビュー&撮影:2020年2月吉日)
取材・構成・文:三浦琢揚(株式会社ミウラ・リ・デザイン)
チラシ掲載の文章は、インタビュー記録からの抜粋です。全文は、ここでしか読めません。ぜひ、読んで感じて知ってください。一蔵さんの本音、素顔。そして「一蔵落語」。
春風亭一蔵 独占インタビュー(6)