さん若さんに流れる役者の血が騒ぐのか?「中村仲蔵を覚えたいんです」
― 噺を教わるのは、どなたから。どの師匠が多いなどはありますか
僕の場合は、やはり(さん喬)師匠からが多いですね。
― 人によっては「なるべく他の一門の師匠に教わりなさい」とか「俺は最初の一席しか教えない」といったような考えの師匠も少なくないと聞きますが。
うちの師匠はお願いすると、どんどん教えてくれますね。
― 覚えるのに苦労した噺は?
いつも苦労しますが、思い出深いのは最初の頃に教わった「初天神」でしょうか。噺の稽古の仕方は、人によっていろいろです。最後まで聞いてから指導してくださる方もいれば、うちの師匠のように、おかしいところがあったら、その都度止めて「今のところは、そうじゃなく…」という感じで教えてくださる方もいます。
今はもう慣れましたけど、入門したての頃でしたから、途中で止められてしまうと自分でわけがわからなくなっちゃうんです。僕が少し話しては、師匠に止められ、少し話しては止められを繰り返しているうちに、(あーぁ)って言うネガティブな気持ちが噺に出てしまっていたみたいで、師匠に注意されました。「お前いま、喋るのイヤになってるよ」って。凄いですよ、師匠は。ちょっとした口ぶり、口調を聞いて、僕の感情まで見抜いてしまうという。(おっ!)と思いましたね。(鋭い…見抜かれてる…)って。
― もっともお好きな噺、思い入れの強い噺などありましたら。
僕は、なぜか「野ざらし(※)」が好きなんですよ。一人で妄想し続ける噺なんですよね。ずっと一人で主人公が、ぶつくさ独り芝居を続けるという。難しい噺でもあります。聞いてるお客様がしらけちゃうと、どんどん演者とお客様との距離が開いちゃう危ういところのある噺なんです。だけど好きなんですね。なんでか。演ってて自分で楽しいんですよ。最近だと「猫の災難(※)」もそうですね。どちらも師匠に教わりました。
※ 野ざらし:のざらし。美女の幽霊に会いたいと、釣りに出かけた八五郎。ところが、一人で妄想を暴走させていき・・・。
※ 猫の災難:一文無しの熊五郎が、猫の病気見舞いの余りもの(大きな鯛の頭と尻尾)をもらった。すると・・・。
― 以前、三日月の会で演ってらした「松曳き(※)」も最高におかしかったですよ
ありがとうございます。滑稽話も好きですけど、人情噺だと「妾馬(※)」ですね。「妾馬」好きですねぇ。あの噺はいいですねぇ。
※ 松曳き:まつひき。殿様と三太夫の粗忽なコンビが珍妙なやりとりを繰り返す抱腹絶倒な噺。
※ 妾馬:めかうま。長屋に住む器量良しのお鶴が、ひょんなことから殿様に嫁入り。思いがけない血縁関係ができたお鶴の兄・八五郎(大工)は・・・・。別名、「八五郎出世」。
「幾代餅(※)」も「芝浜(※)」も持ってる(ネタとして覚えている)んですが、何ていうんでしょう…その、その日、突然「今日は『幾世餅』演ろうかな」とは思えない噺なんですよね。「幾世餅」では花魁に打ち明けるシーンがあるじゃないですか、「芝浜」ではおかみさんが打ち明けるシーンがあるじゃないですか、ああいうのを照れずにできないと無理なんですよ。僕の中ではまだ、すーっと行って、ぱっと演れない。まだ照れがあるんですね。
※ 幾代餅:いくよもち。花魁(おいらん)の最高位である幾代太夫と、米屋の奉公人・清蔵との純愛をテーマに据えた古典落語の名作。同様の噺に「紺屋高尾」があります。
※ 芝浜:芝の浜で大金の入った財布を拾った魚屋の勝五郎。しかし・・・。夫婦の愛情を暖かく描いた屈指の人情噺。
その流れで行くと、まだちょっと手を出せない(覚えて、高座でかけるには、まだちょっと早い)のが「子別れ(※)」なんですよ。あの子どもを(まだ、できないな)と思っちゃうんですよ。照れがでちゃうだろうな、という気持ちが。いざ、やってみれば案外、さっとできちゃうのかもしれませんけどね。
※ 子別れ:大工の熊五郎は大酒飲み。女遊びがもとで女房とは離縁してしまい・・・。上・中・下の三部構成。通常は中の後半部分と下を合わせて演じることが多い。上は「強飯の女郎買い」、下は「子は鎹」の名で呼ばれることがあります。
― 柳家さん若を産み出した噺(落語家になることを決意させた。1を参照)、「文七元結」はまだ?
まだ持ってないですね。その噺こそ、師匠にしっかり教わりたいです。
― 真打に上がるときの披露興行まで覚えて、披露興行でかけてくださいよ。
いやー(照れ笑)、まだまだまだ、ですよ。まだ無理ですよ(照れ笑)。でも来年(さん喬師匠に)お願いしてみようかなぁ。
― そうですよ、チャレンジしてみてくださいよ。
いやぁ・・・やめてやめてやめてやめてやめて。やめてください、無理ですぅ。無理無理無理ですぅ。そんな確約は、いまはまだ無理ですぅ…(照れ笑)
― 俄然、聞きたくなってきてますが、我々。
でも覚えますよ。来年中には。はい、教わることはします。ただ、披露興行でやるかどうかは、ごにょごにょごにょ(苦笑)。
― ぜひ、今後の「ばっきゃの会(※下記参照)」で(「文七元結」を)ネタおろししてください。
はい。来年、やりましょう。それかもしくは「中村仲蔵(※)」…
― うわーーー!いいですね!個人的に大好きなんです「中村仲蔵」。
噺自体が格好いいじゃないですか。なんかいいんです。ぐっとくるんですよ。ぜひ、覚えたいと思っています。実は「中村仲蔵」はもうすでに習ってはいるんです。僕がまだ手を付けていないだけでして。教わった際の音源はあるんです。(まだ文字に)起こしてない状態です。手を出しづらい感覚なんですよねぇ。芝居の要素が随分と入ってくる噺でしょう。もっとお芝居の勉強をして脇を固めないと、ツッコミどころ満載の「中村仲蔵」なんてね、恥ずかしいですから。
※ 中村仲蔵:江戸時代の役者の苦悩・出世の噺。当時の役者は、その身分が細かく分かれ、家柄のない者は才能や実力に関わらずトップスターにはなれないのが普通でした。ところが・・・。
― 何をおっしゃっているんですか。さん若さんには役者の血が流れている、役者のDNAが受け継がれているじゃないですか。
いやいやいや、(演劇・劇団と)歌舞伎とは、また違うじゃないですか(苦笑)
― もともと江戸時代、歌舞伎は人々に娯楽を提供する“大衆演劇”だったわけですし、源泉は同じだと思いますよ。
そう言われれば、そうですけどね(苦笑)。いやいやいや。でもまあ、芝居の形が出てくる噺も好きは好きですね。大家のなんちゃって芝居ですけど。「小言幸兵衛(※)」とか。「お菊の皿(※)」でも一部、芝居がかったシーンがありますから。この手の噺は、(もっとしっかりした芝居の型がでてくる)「中村仲蔵」を身につけるための布石というか準備にはなるかも知れませんね。
※ 小言幸兵衛:のべつまくなしに長屋を回って小言を言い歩いている大家の幸兵衛の噺。色々な人が空き家を借りに来るのだが…
※ お菊の皿:怪談「番町皿屋敷」のパロディ的滑稽噺。幽霊のお菊ちゃんが美人だというので人気を集めだし…・
ばっきゃとは秋田の方言で「フキノトウ」って意味です。「フキノトウ」は秋田の県花なんです
― そもそも、「ばっきゃの会」とは?
独演会などもやらない僕に業を煮やしたお客様たちが(苦笑)作ってくださったというか、そんな会なんです。「さん若さん、独演会やってください。場所も抑えて、チラシも作りますから!」と。
― 秋田県つながりの、県人会的なお仲間かと思っていました。そういうことではないのですね。
そうです。会の名前を決める際、みなさんが何案も提案してくれたんですけど、どれも今一つで、ピンとこなかったので(苦笑)、タイトルは僕が提案したんです。ばっきゃとは秋田の方言で「フキノトウ」って意味です。「フキノトウ」は秋田の県の花なんですよ。それで。もう7~8年目になりますかね。「ばっきゃの会」はネタ下しの会でもあります。なので、いつもよりも緊張する会ですね。
― 性格的に緊張するほうですか?
いつでも緊張します。まったく慣れませんね。何が落ちつくかというと、落語の本編に入ってしまうことですね。マクラ(落語本編の前のおしゃべり。フリートーク)が苦手なんですよね。だってしゃべることないんですもん(笑)。はははははは(笑)
マクラと言えば、前に師匠に相談したことがあったんですよ。「苦手で、どうしたらいいかわからないんです」って。そしたら師匠は「お前は笑わそうとしてんだろ。いいんだよ、笑わせなくたって。無理して笑わせようとするから辛くなるんだよ」と。なるほどなぁと思いつつも、他の噺家さんがマクラでどかんどかん受けてるのを見てると、笑わせないでいいと言われてもなぁ…って。
― 私の個人的な感想ですが、マクラで笑いをとっても、肝心の本編がちっとも面白くないという噺家さんもいます。本筋的には、落語家さんは落語が面白くないといけないのではないかと思っているので、そういう意味ではまったく問題ないと思います。あくまでも素人の個人の感想です(笑)
― ときに。先ほど話にでてきた「お菊の皿」と言えば、北とぴあでグランプリ受賞(※)のときのネタですよね!なぜ、この噺で挑戦しようと?
動きもあるし、印象的な、インパクトのある、わかりやすい噺なので、選んだんですね。なおかつ、自分で演っててもくさくなっちゃって。芝居がかった登場シーンが、見てても面白いだろうなと。あの大会は6人でるんですね。で最後にゲストの師匠も一席する。そうるとトップバッターの高座の印象なんか消えてる可能性が高い。なので、インパクトのある噺を、印象的な噺を、と思ってやりました。よく笑ってくださる温かいお客様だなぁと思いながらやってました。そのとき、マクラでも言ったんですよ。「いままでトップバッターでグランプリを取った人はいないそうです。今日はもうだめですね」って自虐的なことも言いつつ(笑)。「それだからこそ、あたしとみなさんとで伝説をつくりましょう!(初めての出来事にしましょう)」って。それがかえって良かったのかも!まあ、いい塩梅にやれましたね。
※ 第25回 北とぴあ若手落語家競演会。人気真打を輩出してきた若手落語家の“登竜門”ともいえる競演会。第25回の出場者:鈴々舎馬るこ、柳家さん若、柳家花ん謝、春風亭笑松、笑福亭和光、春風亭昇々。ゲスト:柳家花緑、司会:米粒写経。この中で、さん若さんは見事グランプリを獲得しました。
チラシ掲載の文章は、インタビュー記録からの抜粋です。全文は、ここでしか読めません。ぜひ、読んで感じて知ってください。さん若さんの素顔。そして本音。
柳家さん若 独占インタビュー(3)