僕、与太郎噺、粗忽系の噺しかできないんですよ。最近気がついたんですけどね。

― 昔、私、家族で飯坂温泉に行ったことがあります。ご実家は飯坂温泉で、お父さんがお店をなさっていて、お母さんがエアロビの先生とのことですが。いまだに、落語をやっていることには反対なさっているのですか?

これまでは認めてくれてなかったのですが、今回、予選で勝ちましたでしょう(※)、それで風向きがガラッと変わりました。

「柳家小ふねさん、全国若手落語家選手権 第1回予選1位!」って記事が全国に流れたんですね。当然、福島民友新聞(地元紙)にも載りまして、記事だけでじゃなく写真も載ったんです。それを見て親が。がらりと。いままで来なかったメールが来るようになりました。「元気ですか?」とか(笑)、新聞の力はすごいですね。家を継げ!家を継げ!ばっかりだったのに。(実家には)新聞の切り抜きをもって、凱旋帰国しようかなと思っています。

※ 公推協杯 全国若手落語家選手権:主催:共同通信社 助成:公益推進協会 協力:東京かわら版、関西演芸推進協議会の落語コンクール。東西の若手落語家が話芸を競う。予選会は4つ。そのうちの予選会1をトップで通過したのが小ふねさん。

― 今お話が出ましたが「公推協杯 全国若手落語家選手権 本選」に向けてのお気持ちを教えてください

勝とうとか、そういうことは一切考えずに普段通りの高座ができたらなと思っています。お客様を楽しませれば、と。

実は、予選会の日の前日、師匠の独演会で「松曳き」をかけたのですが、めちゃくちゃすべったんです。もう、びっくりするくらいに。それまでは、そこそこウケてたんで、少なからず自信があったんです。でも…。その時点で「ああ、もういいや。どうでもいいや」って気分になって、次の日の予選会に臨んだんです。

― それが却って良かった?

そうなんです。却ってよかった。肩の力を抜いて、いい意味で開き直れたんです。せっかく、力を入れてここまで作りこんだ自分なりの「松曳き」。ここまで否定された(受け入れられなかった)ら、もういいや、って気持ちで。なので、本選も気負うことなく普段通りにできればと思っています。できれば、そのためには本選前日の会で、またすべりたいと思っています(笑)。

― 当日の予選会は実際に拝見させていただきました

来てくれてたんですか!僕に(1票)入れてくれました?

― はい、もちろんです。圧勝でしたね

いや、甘噛みどころか、噛み倒してませんでしたか?

― 票数的にも圧勝でしたよね。本寸法の王道の古典落語、新作落語を上回る得票での予選1位通過でしたよね

くじ運(出る順番)が良かっただけですよ。でも正直、うれしかったですね。僕みたいなもんが、選ばれて。まだ、(落語家を)やっていけるなと、ちょっとほっとしましたし。

― あの大爆笑の「松曳き」は、どなたから?個人的に、白酒師匠(※)の「松曳き」がこれまで最高におかしい(これを超えるのはないかな)と思っていたのですが、小ふねさんの「松曳き」を聞いて考えが改まりました

五代目小さん師匠のを聴いて覚えて、それを師匠に見ていただいて、上げていただいた根多です。自分なりのアレンジを加えてあります。自分なりにやりやすいように。

― 「松曳き」のような、ああいう噺は、小ふねさんの“ニン(※)”にぴったりという気がします。

その通りです。逆に言うと僕、与太郎噺、粗忽系の噺しかできないんですよ。最近気がついたんですけどね。与太郎が一番やりやすい。ゆくゆくは、先代の志ん五師匠みたいになりたい(※)って思っています。

※ 桃月庵白酒(とうげつあん はくしゅ):五街道雲助一門。滑稽話の名手。爆笑間違いなしといわれる超実力派。

※ ニン:漢字で書くと「仁」。本来、歌舞伎用語で、役者の芸風・性格(キャラクター)・人間性のこと。キャラクター、個性といったものか?

※ 初代 古今亭志ん五(しんご):二つ目(志ん三:しんざ)時代からインパクト強めの「与太郎噺(はなし)」を得意とし、それで人気を得たことから「与太郎の志ん三(志ん五)」と呼ばれる。古今亭志ん朝の一番弟子。

― なるほど。先代志ん五師匠の与太郎はキャラが強めに立っている感じですが、小ふねさんの与太郎のほうは飄々としている天然キャラのように感じます。本来の素質が・・・

それがわかってきたので、最近では、「噺に与太郎を出しときゃいいだろ」みたいな安易な、甘い考えが頭をよぎるので、まずいまずいとは思っています。

― 小ふねさんの武器であることは確かですよね。

与太郎を出してる時が、一番自分自身が出るときなんですね。一番自然でやりやすいと思っています。侍とかは難しいですね。「柳田(格之進)(※)」なんて一生できないと思います。噺の中に与太郎が出てこないので不安になっちゃうんです。「道灌(※)」もそうですし。与太郎が(登場人物に)居ないので、途中で森の中で霧に包まれながらさ迷い歩いているような不安な気分になっちゃうんですよ。なにも掴めないまま、ずっと迷いながら進んでいるという感じ。不安です。なので(道灌では)隠居さん・八っつぁんの部分をしっかりやりたいなとは思っています。

※ 柳田格之進(やなぎだ かくのしん):元彦根藩士の柳田格之進は、文武両道に優れ、清廉潔白。しかし、正直過ぎて人に疎まれ、今は浪々の身。ある日…。最近映画にもなった(主演:草彅剛)大ネタ。

※ 道灌(どうかん):隠居の家を訪ねた八五郎。家にある太田道灌の掛け軸の絵の説明を聞く。 道灌が狩に出かけにわか雨に遭い、雨具を借りにあばらやに入ると娘が山吹の枝を捧げる。その後・・・。

―  全般的に「柳家の滑稽噺が好き」とのことですが、一番好きな噺は? 得意な噺は?

粗忽系統、与太郎系統。あと、甚兵衛さん系統。その中でも一番好きな噺が「松曳き(※)」なんです。オチが大好きなんです。傑作だと思います。他にも粗忽系統の根多って秀逸な落ちの噺が多いと自分では思っていまして。「粗忽長屋(※」」のオチも大好きです。あんなオチ、よく思いつくなと惚れ惚れしちゃいます。

「松曳き」も、あのオチの部分でどっ!とウケたいんですよね。あの下げを言ったときに大爆笑されたい。それが僕の理想の「松曳き」です。間のとりかたがとても難しい。どんどん磨いて、そこまで完成度を高めたいです。

※ 松曳き(まつひき):殿様に築山の赤松を泉水の脇に移せるか聞かれた家老の田中三太夫。赤松は先代のお手植えの松で、万一枯らしては一大事と、出入りの植木屋に聞くことにする。ところが…

※ 粗忽長屋(そこつながや):同じ長屋に住む八つぁんと熊さん。どちらもそそっかしい性格の二人。ある日、八つぁんが浅草の観音さまにお参りしたところ、行き倒れに出会い・・・

― 春風亭一之輔師匠が、あるメディアの記事中で、

「落語って『素質』なんですよ。走るのが速い、歌が上手い、っていうのと同じで、本人が努力すれば一定のところまでは引き上げてあげられるけど、結局は生まれ持った個人の『素質』がすべてなんです」

出典:週刊現代 2023.12.29 春風亭一之輔に密着! いま最注目の落語家が語る「『笑点』の本当の凄さ」と「落語の奥深さ」

とおっしゃっていました。そういう点で、小ふねさんは、他人がうらやむほどの落語家の素質を持っていると強く感じます。ご自分の「落語家の素質」について、どのように思っていますか?

いや、どうでしょうね。それは僕じゃなくて、小もん兄さん(※)ですよね。声、様子、所作。ああいう声で、ああいう落語をやりたいというのが僕の理想だったんですけどもね。一番の目標だったんですけどもね。僕、全て持ってないんで。欲しかったんですけど、持ってないってことに気づいてしまったので・・・。諦めました。

― 諦めたのは、いつごろですか?

前座に上がってすぐですね。

― すぐですね

すぐですね。もう、すぐ諦めちゃいましたね。気が付いちゃったので。小もん兄さんとか、小はぜ兄さん(※)とか、ああいう方のが古典落語、古典落語の才ですね。ああいう方たちと同じ戦い方はできないのでね僕は。負けないようにするには?って考えたら、今に辿り着いた感じです。必死にやってる状態ですね。

※ 柳家小はぜくがらく第22回出演者。柳家はん治一門。

※ 柳家小もん:小里ん師匠の弟子。小ふねさんの兄弟子。


チラシ掲載の文章は、インタビュー記録からの抜粋です。全文は、ここでしか読めません。ぜひ、読んで感じて知ってください。小ふねさんの本音、素顔。そして落語観。

柳家小ふね 独占インタビュー(1)

柳家小ふね 独占インタビュー(2)

柳家小ふね 独占インタビュー(3)

柳家小ふね 独占インタビュー(4)