
白酒の背中を追い、雲助の流れに立つ。
次に来る噺家。
― 「噺家は気づく商売」っていう風に白酒師匠に言われたそうですが、これまでに黒酒さんが気づいてきたこと、これは俺、気づいたぞっていうことは何かありますか?
楽屋働きでの気配りはもちろんですが、「今日のお客さんには笑える噺かな?」とか「こうした方がもっとウケるな」とかそういう事に気づく、気づかなくちゃいけない。そういう商売だぞってことなんですけど。なんか具体的にこう気づきましたかっていうのは、自分ではないですよね。気づいてきたことの積み重ねがいまの自分みたいになっているんでしょうけど、自分ではよくわからないです。いま思えば師匠にしたら便利な言葉ですよね。何か聞いたとしても、「いや、そこは自分で気づけよ」とも言い返せますしね(笑)。
― 雲助師匠のホームページの中の一コーナーである「雲助ぶつくさ」を知ったのは、いつ頃ですか?
見習いの最中に、雲助師匠のホームページを見ていまして、そのなかに、そういうコーナーがあるので読んだんです。それで自分のホームページの中にも『ぶつくさ』を引き継ぎました。自分主催の落語会は毎回書いています。
― どんな大師匠ですか?雲助師匠は
不気味ですね。雲助師匠は高座では、そんなにフレンドリーに行くタイプじゃないというか、目線もお客さんに合わせないというか、お客席から見ていても誰もいない正面をずっと見て喋っているのかな?って感じの高座をなさる人。それがなんか不気味でしたよね。枕を振るにしても、お客さん見ながら喋るとかすると思うんですけど、雲助師匠だけは正面向いて喋っているから最初は何これ?って思いましたね(笑)。わかんなかったです。それが何なのか。怖そう、なんか不気味だな。うん、不気味が一番(雲助師匠を表現する言葉として)合っている気がしますね(笑)。
― いまはどういう風に
いま、大好きですよ。不気味じゃないですよ(笑)。うちの師匠はあんまり何も言ってくれない方なのですが、雲助師匠はたくさんしゃべって、教えてくださいますし。「この時は登場人物がこう思っているから、こういう顔になるんだ」とかっていうのを細かく教えてくれるから。師匠は白酒ですけど、教えてくれるのは雲助師匠のほうで。教わっている噺も雲助師匠の方が多いです。
― 孫弟子が可愛いのかもしれませんね
私がここで「そうですかね」とは言えないんですけど、でも、ちょっとだけ贔屓してもらっているような気がしますねなんか。(人間)国宝になってから(※)の責任感みたいなのも、もしかしたらあるのかもしれないですけど。うちの白酒一門の弟子はみんな雲助師匠に教わりに行くので、みんな雲助師匠っぽくなっちゃうみたいなところはあるんですよ。第一、うちの師匠自体がそうですからね。みんな最初、雲助師匠っぽくなっちゃうみたいなところがあるから。
雲助師匠が「雲古塾(うんこじゅく※)」ってやっているんですけど、やっぱりそこに孫弟子を使ってくれてるっていうのは、贔屓じゃないですけどうちの一門だからと目をかけてくださっているとは思っています。
― いまお話に出ました「雲古塾」ですが、発案はどなたなのですか?
雲助師匠です。雲助師匠の企画で、それをオフィス10(※)さんと共同でやっている会です。人間国宝に選ばれるとレポートを書いて提出しなくちゃいけないらしく、後輩・後進育成のために、これこれこういう活動をしてますという。それの一環なのかもしれないですね。自分の噺を教えた二つ目を使って、雲助師匠ご自身は1円も(出演料を)取ってないですから。
※ 雲助師匠が人間国宝に:2023年、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。五代目柳家小さん、上方落語の三代目桂米朝、十代目柳家小三治に次いで、落語家では4人目の認定。
※ 雲古塾(うんこじゅく):人間国宝認定後にスタートした落語会。「雲助の古典を識る塾」を略して「雲古塾」と命名。この名前は「うん、こじゅく」と読む。伝統的な落語芸術の継承と若手噺家の育成を目的に開催されている。
※ オフィス10(じゅう):中野・日本橋を中心に、落語や講談、浪曲の会を精力的に開いている老舗落語会。
― さすがですよね。人間国宝のレポートのタイトルが「雲古塾(うんこじゅく)」ですからね、すごいですよね(笑)
人間国宝になってからですよ。ちゃんと上げの稽古を聴いてくれるようになったのも。いままでは音(源)を渡してくれるだけだったんですよ。あとは勝手に覚えてって感じで、覚えましたって言ったら「いいよ勝手にやって」みたいな。「あとでわからないことがあったら聞くよ」って感じだったんですけど(人間国宝に)なってから上げの稽古をしてくださるようになりました。
― そういえば、この間の四ツ谷 かくれが倶楽部(※)には行きたかったんですよ。黒酒さんの「やんま久次」聞きたくて。やっぱりあの根多も雲助師匠から?
ええ、そうです。
― 龍玉師匠もお持ちの根多ですし、白波兄さん(※)も。
こはく兄さん(※)も持っていますね。
― なぜ教わりに行こうと思ったのですか?
理由は二つあります。ひとつは(教わった時分)あの時は、二つ目になり立ての時期で、とにかく話題作りに必死だったんです。二つ目に昇進したてなのに「やんま久次」を演るの?!っていうところに勝算を見出したって感じですかね。
もう一つは、(白酒)師匠の本で読んだんですが、馬石師匠が「お富与三郎」とか「双蝶々」、そういう人情噺をやってから、芸が変わったみたいなことを書いていらしたんです。噺家の技術の上がり方(上げ方)は、同じ一つの噺をずっと重ねていくんじゃなくて、いろんな噺をやって積み重ねていくことがよいのでは?と感じたからなんです。それまでは滑稽噺しかやってなかったので、そういう人情噺を覚えると成長できるかなと。
なんかそのときは、3席根多下ろししますみたいな回で、その中で「やんま久次」だけ根多出しして、あとは「笠碁(※)」と「三方一両損(※)」、「たがや(※)」と結局4席の根多卸しをしたんです。芸のためになるのかなって。
※ 四ツ谷 かくれが倶楽部:昭和の一軒家で、落語、講談、粋唄などの会を開催している。
※ 桃月庵こはく:桃月庵白酒一門。国宝雲助師匠にとって初孫に当たる。
※ 桃月庵白浪(とうげつあん しらなみ):桃月庵白酒一門。「白浪」という名前は大師匠である五街道雲助同様悪党の名前から
※ 笠碁(かさご):囲碁の好敵手である二人。対局での口論から疎遠になる。しかし、やはり対局したくなって…。
※ 三方一両損(さんぽういちりょうぞん):財布を拾った左官の金太郎。落とし主の大工・吉五郎。互いに『受け取れない』と譲らず喧嘩になり、名奉行・大岡越前のもとに…
※ たがや:両国の川開き。花火見物で橋は大勢の人でごった返している。そこに侍が通りがかり・・・
― そもそも白酒師匠は滑稽噺の使い手として名を馳せています。黒酒さんも原点は、そういう笑える落語に惹かれて入門を志したと思われます。一方で、先日の初台わいわい寄席(※)で聴いた「子別れ(※)」もそうですし、人情噺や、ピカレスク的な根多(※)ですとか、雲助師匠がお得意とするところの“不気味さ”を必要とする方向にも根多を広げられているっていうのは、どういう…
一つは自分の声が低いっていうのもありますね。滑稽噺をやると重苦しいというか。ただ、師匠と同じように私も声の幅は広い方ですから、低い声だじゃなく高い声も出せるので…。だから、その高い声の方で師匠の真似みたいなことをしていたんですけど、多少ウケはするものの、白酒の真似事みたいになっちゃうしなぁという葛藤がありました。その時の(高い)声が自分でも気持ち悪くて。(高座を録音した)音声を後から聞くと何かゾクゾクっと鳥肌が立っちゃうような気持ち悪さが自分でもありまして。うちの師匠みたいにやりたいけどできないなっていうところが一つですね
もう一つは、根多の数を増やしたいからです。うちの師匠が滑稽噺を“工夫(※)”するんで、工夫は私も好きですけど、その工夫してる時間がないというかいま。なんか覚え直しみたいなことになるというか。だったら噺を増やした方がいいなって。「歳を取るともの覚えが悪くなるぞ」っていうのは、多くの師匠方にずっと言われていましたから。いまは根多の数を増やす方向に進んで(すでに覚えている)滑稽噺をより面白くする工夫作業は、ちょっと後にしようと思ったんです。
滑稽噺は一旦そのままやって、低い声のせいなんでしょうか、人情噺とか怪談物とかピカレスク物は、なぜかあんまり努力しなくてもちょっと評価していただいている感じはしています。そっちにどうしても流れていっちゃうというか。
※ 初台わいわい寄席:初台・SPACE Yで定期的に開催されている落語会。
※ 子別れ:大工の熊五郎は大酒飲み。女遊びがもとで女房とは離縁してしまい・・・。上・中・下の三部構成。通常は中の後半部分と下を合わせて演じることが多い。上は「強飯の女郎買い」、下は「子は鎹」の名で呼ばれることがあります。
※ ピカレスク的な根多:落語の「ピカレスク(悪漢・悪人が主人公の物語)」ネタとは、悪人や侠客(きょうかく)が主人公で、悪事や裏社会を舞台にした、少し悪くて粋な物語の演目のこと。例えば、「鰍沢」「やんま久次」「おすわ殺し」など。
※ (噺の)工夫:例えば、古典落語の骨格を保ちつつも、現代の観客に響くような時事ネタや世間話を織り交ぜることで、噺をわかりやすくしたり、常に新鮮なものに保つなど。
― やはり(天性の)声は大きいですよね。ものすごい“いい声”ですもんね、黒酒さんは
ありがとうございます。
― こればっかりは努力して身に付くようなものじゃないですからね
でも、ここ最近、結構努力しているんですよ。

― といいますと
滑稽噺をやるとどうしても声が高くなっちゃう。それをどうにかできないかなと思いまして。AIとか使ってボイトレについていろいろ調べたりしていまして。ここ3か月ぐらいで発声がちょっと変わってきているんですよ。前は喉だけで喋っていましたけど、喉だけじゃなく、コツとしてはここ(喉の下の部分)も響かせると、より響きの深みのある声になるっていうのを、ここ3か月ぐらい意識しながら喋っています。
― 独学で、ですか?
チャットGPT(※)です(笑)。新しいですよね。そういう稽古方法も。あと、YouTubeを見ればボイトレの動画とか結構上がっていますし。あと「倍音(ばいおん)(※)」というのがありまして。それ意識していま落語をやっています。この鼻のところが、喋っているときに響いてればうまくいっているみたいなことなんですけど。それをずっと意識して稽古しています。これが人情噺・怪談物・ピカレスク物をやるときにだいぶ生きてきます。ただ、これで滑稽噺でやるのは、ちょっと邪魔かもなとはいま思っていて。どう使い分けるのか、或いはこの倍音に合った滑稽噺を作るのかとか、まだ模索中なんですけど。
※ チャットGPT(ジーピーティー):米国のOpenAI社が開発した対話型の生成AIサービス
※ 倍音(ばいおん):自分が出している声の基音の上に重なるたくさんの音のこと
― そうするとますます方向性として、白酒師匠というよりは、雲助師匠の方向に、“雲助ゾーン”に向かっている感じがして、ファンとしては、かなりワクワクするんですけど
ありがとうございます。うちの師匠の方向も全然別に諦めてないというか、それがいいのか悪いのか、いまはちょっと一旦置いといて。滑稽噺は好きですから、もっとできたらなとは思いますけど、本当に滑稽噺に工夫を加える暇があるんだったら、1つでも根多を増やした方がいいんじゃないかと思っています。
(工夫と言えば)前座の頃、めちゃくちゃ工夫してやっていたんですよ。本当は(前座が工夫なんて)しちゃダメなんですけど、白酒の弟子だからバレないだろうって思って、くすぐりいっぱい変えてやっていました。
ところが、いまその噺をやると、なんか自分のやりたいこととちょっと違うというか、年齢とともに、この工夫がいいものと思えないみたいな。やっぱりいろいろと知ってくると、「ただ笑いを取るためのくすぐりだなぁ」とか、自分でいろいろ考えちゃうところが多いです。
だからまぁ、工夫っていま、お客さんにウケるためにやっても、生涯使えるものじゃないんだなっていうことには気づきましたね。だったらまだ急いでやる必要ないかなって。もうちょっと自分が定まってきてからやろうかなって思いはじめています。
いまは、雲助師匠に教われるだけ教わりたいなと。ただ、いまのところそれが最優先になっているだけで、この後、白酒みたいになるかもしれないし、(滑稽噺も人情噺も)両方やることにするのかもしれないし、わかんないですけどね。
― 今日現在、一番やっていて楽しい、黒酒さんご自身が一番楽しい噺は何ですか?(お客様を)笑わせるとかじゃなく(演っている)自分が気持ちいいと言う。
「やんま久次」、楽しいですよ。
― あぁぁぁぁ、やはり四谷に聞きに行けば良かった…
あんだけ怒鳴って、スカッとしますよね。ストレス発散になりますし(笑)。「死神(※)」もそうかなぁ。“白酒の形”じゃないんですけど、めちゃくちゃ“怪談”に寄せてやっているとか。
※ 死神(にしがみ):借金苦の男が、死んでしまおうと決め、首を吊ろうとします。するとそこに、死神が現れて…。オチに工夫する噺家さんが多く、それぞれがアレンジする呪文も楽しみの一つ。
― このあいだの中野(なかの芸能小劇場)で聴いた「死神」、面白かったです
ありがとうございます。ああいう人情噺とか怪談噺は他の二つ目があまりやってないので、目立つっていうのでもやっているんですけど。なんか、わーってウケてる時も楽しいですけど、「めちゃくちゃ聴いてもらっているな」みたいに、こちらにお客さんの視線が集まっているときは楽しいですよね。真剣に聞いていただいているなぁって。
あとは根多卸しのときが楽しいですね。(覚えたての根多なので)やっている時あんまり(入れごととか)変なことを考えないですし、なんかギリギリのところでやってるときが楽しいかもしれないですね。めちゃくちゃ稽古して、もう腹に入った噺をやっている時より、すり減らしているとき、これどうなるんだろう、これ失敗したらえらいことなるみたいな綱渡りしてるときが案外楽しい…ですかね。
― スリルを楽しんでいる?
良くないですけどね(笑)。本当はしっかり稽古して完成したものをお見せしたいんですけど。最近は一席は何にも“さらわない(※)”で、記憶だけ頼りにやってみるとか。たまったもんじゃないですけど(笑)、聴く方のお客様は。でも、なんか(その現場で、その瞬間に)生まれたりしないかなとか思っちゃいます。咄嗟のハプニングに強くなったりしないかなとか(笑)。なんかヒリヒリしてるときなんかが楽しいですかね。
― この間の「白鳥版しじみ売り(※)」などは、まさにそんな感じですか?
そうですね(苦笑)。
― あの噺は?
志ん生師匠(※)がおやりになっていた噺を集めておりまして、「最近はどなたが?」って思って検索したら、白鳥師匠が「しじみ売り」を演っているという評判に辿り着きまして。お客様の感想が自分が思っていた感じの「しじみ売り」だったので教わりに行きました。白鳥師匠に教われば、自分の新境地も開きそうだなとも思いまして。あんなに長いと思ってなかったですけど(笑)。
それと、なんか白酒の弟子だなぁって思ったところは工夫する作業の中で、“面白くするだけじゃない部分の工夫”が結構できるようになっていたと自分で感じました。筋は、ほぼほぼ一緒なんですけど、セリフから何から結構全部変えていまして、これ多分普通に教わったことだけやっていたらできなかったろうなって思いましたね。だからちょうど、中間を行けたなっていう。雲助(人情噺系)と白酒(滑稽噺系)の中間。より良くするための工夫が色々出来たと思いました。
※ さらう:教えられたこと、覚えたことを繰り返して練習する。復習する
※ 白鳥版しじみ売り:名作古典を三遊亭白鳥師匠が改作した噺。従来の「しじみ売り」を遥かに上回る感動の名作。
※ 古今亭志ん生(ここんていしんしょう):昭和を代表する落語家、五代目古今亭志ん生。
チラシ掲載の文章は、インタビュー記録からの抜粋です。全文は、ここでしか読めません。ぜひ、読んで感じて知ってください。黒酒さんの本音、素顔。そして落語観。
桃月庵黒酒 独占インタビュー(4)
