

白酒の“白”を受け継ぎ、
黒酒の“黒”で魅せる。
― 「将来どんな噺家になりたいですか?」ってよく聞かれますけど…というブログも拝見しましたけど。あえて、改めて聞かせてください。将来どんな噺家になりたいですか?
なんか自分で納得がいっていればいいなって思っています。今は自分で、なんか割と流されるままに進んでいる気がするので…。滑稽噺やりたかったけど、人情噺を主にやっているのは、人情噺がやりたいっていうよりは、お客さんが納得してくれるからっていう理由だったりもしますし、自分でもそっちの方に寄っていっていますけど、なんか自分が納得できるような…「俺は自分で選んでこっち側にいるんだ」って思えるときが来ればいいかなって思っています。最近は。滑稽やるにしても、工夫するにしても、自分で思ったように、やりたいことが(将来)できていればいいなぁと思うんで。
※参考記事:「将来どんな噺家になりたいですか?」(2023年6月25日)
― 「長屋の算術(※)」がすごい面白くて、大好きです
ありがとうございます。うちの師匠が掘り起こした根多(※)ですね。
※ 長屋の算術(ながやのさんじゅつ):貧乏長屋の住人たち。学がないので「無学長屋」なんて後ろ指をさされる。このままではダメだと一年発起した大家が店子を集めて、「少しは利口に見えるようにしよう」と頑張るのだが・・・。
※ 根多の掘り起こし:明治・大正・昭和戦前の落語速記本など、昔の文献や書物にある落語の噺を復活等する作業。今普通に演じられている(古典)落語根多にも、掘り起こされたものが多数ある
― あの根多、高座にかけてらして、相当な手ごたえを感じる(ウケる)根多だと思いますが
自分で一生懸命工夫した噺は、そうです(手ごたえを感じます)ね。「長屋の算術」はうちの師匠も「まだ完成してない」って言っていまして、「じゃあ俺が完成させよう」じゃないですけど、全部自分なりに直したりして演っているので、ちょっとした思い入れはある根多です。ですけど揺れ動いていますよね。
― といいますと?
師匠が作った部分、師匠に教わったものを残したいし、自分の工夫も入れたいし、という。でもかなり好きな噺です。お笑いやっていた時のネタと似てるなっていう。仕組みが。漫才コントってわかりますか?
― 漫才コント?
漫才の中で、コントをはじめるパターンのやつです。「コンビニの店員やりたいから、練習させて」みたいな流れの漫才。
― あぁ、はいはい。わかります
なんかあれと似ているんですよね。私、漫才コント全盛時代のお笑い芸人だったので。「(長屋の算術の中では)大家さんがお客で、俺たち(長屋の住人たち)が居酒屋の店員だ」みたいな流れになるので。これはやっぱり自分がお笑いやっていたから、そこにちょっと惹かれるんだろうなって思っていますし、覚えた噺に自分の実体験が乗るとやっぱり特別思い入れが強くなりますよね。
いやぁ、うれしいなぁ。そこを評価してもらえるの、うれしいです。あまり今はやる人はない根多ですね。形は違うものの、昔は喜多八師匠(※)がやっていらしたそうです。
※ 柳家喜多八(やなぎやきたはち):小三治一門。滑稽噺から大作まで、自由自在に操る力量で将来の名人になるはずだった人気者。惜しまれつつ2016年死去。
― 師匠のような根多の掘り起こし、速記本から根多の復活とか、黒酒さんなりに発掘したいみたいな、そういうお気持ちはあるんですか?
ありますあります。見習い期間中にめちゃくちゃ落語を聞いていた時に「増補落語事典」みたいな、「全部の噺が載っています」みたいなのを読みまして、千何作か。そこで、これをいつか覚えたいなみたいなのは、そんときに全部ピックアップしてあります。いつか、そこから起こそうかなとか思っています。ただ、そこまで手が回ってないのが実情ですが。
例えば、雲助師匠の「あくび指南(※)」。枕に「喧嘩指南(※)」という小話がありまして、もともとは2分くらいでしょうか。それを一度、10分ほどの噺にしてやってみたことがありました。
当時は、「あくび指南」以外にも、 “指南もの”の噺がいくつもあったそうですが、結局、いま残っているのは「あくび指南」くらいです。喧嘩指南とか釣り指南といった小話は、単独の根多としては廃れたものが多いんです。ただ、雲助師匠はそれを枕として残しています。
復活というほどのことではありませんが、「喧嘩指南」だけを一席として立ててみた、という感覚です。ただ、いまは「そんな場合じゃないな」と感じていて、それ以来は演っていません。
※ あくび指南(しなん):暇を持て余す熊公と八五郎が、新しくできた「あくび指南所」で、様々なあくびを伝授してもらおうとするが…
※ 喧嘩指南(けんかしなん):商家の若旦那・清吉は、頭もよく親孝行なのだが、嫉妬深いのが玉に瑕。そのため・・・。別名「指南所」という滑稽噺。
― 新作(落語)はいかがですか
人から教わった新作はやりますし、やっていますし。ただ、自分で作ることはしません。お笑い(芸人)をやっていた時分に、ネタを書くことが苦痛すぎたので、もうやらないかな。あと、新作はやっぱり得意な人がやればいいですし。
私は、古典(落語)をずっとやっていた人が新作(落語)をやるのが、落語の最大風速(勢いが最大に出る)だと思っているんですよ。最近の例で言えば、(柳家)小里ん師匠(※)がきく麿師匠の創った「歯ンデレラ(※)」をやったり、雲助師匠が白鳥師匠の創った「鉄砲のお熊(※)」をやったりとか。もう、古典だけじゃ届かないところ(境地)まで昇りつめたなぁーっていう感慨があります。
新作をやるとしても相当後のことになるでしょうね。自分の場合で言うと、いまからお客さんを呼ぶために、(自分で)変な新作を作って常連さんだけを喜ばしているだけじゃダメだなと思っちゃいます。
文菊師匠(※)が、こないだ鈴本(演芸場)でかけた、きく麿師匠の創った「スナックヒヤシンス(※)」。あのような状況(※)になれば、最高なんじゃないですかね。(新作落語をやらなさそうな)古典落語一筋の人が、あの新作落語を!みたいなのが、落語の最大風速を出すんだと思います。
※ 柳家小里ん(やなぎや こりん):五代目柳家小さん一門。小里ん一門:柳家海舟、柳家小もん、柳家小ふね
※ 歯ンデレラ(しんでれら):林家きく麿師匠の爆笑新作落語。
※ 鉄砲のお熊:三遊亭白鳥師匠の新作落語。物語の舞台は江戸。
※ 三遊亭白鳥(さんゆうてい はくちょう):師匠・円丈の異能なDNAを最も色濃く継承している二番弟子。春風亭昇太を始めとする「SWA(創作話芸アソシエーション)」の一員(当時)。常識に囚われない破天荒な新作落語で落語界を牽引する稀代のストーリーテラー。
※ スナックヒヤシンス:林家きく麿師匠の爆笑新作落語。大人気シリーズで現在11か12話目まである。
※ 古今亭文菊(ここんてい ぶんぎく):圓菊一門。2012年に28人抜きという異例の抜擢で真打昇進した大人気実力派。
※ あのような状況:林家きく麿師匠が主任を勤め、「スナックヒヤシンス祭り」と銘打った鈴本演芸場での興行。毎日日替わりゲスト(古典落語を得意とする噺ばかり)が「スナックヒヤシンス」を演じたが、文菊師匠の回が凄かった。珍しさからか、超満員で鈴本が揺れるほどの大爆笑の伝説的高座に。
「雲助一門らしい、
連続物にも挑戦したい」
― (雲助)一門らしい噺にも挑戦したいそうですが
はい。一門の噺、例えば「お富与三郎(※)」とか、「髪結新三(※)」みたいな連続物もそうですし、うちの師匠が好きでやっているような「長屋の算術」もそうですし。古今亭らしい噺でもありますし。雲助一門なので、「やんま久次」(※)も「もう半分(※)」もちゃんとやっているなって思われたい、思われたらいいですよね。
※ お富与三郎(おとみよさぶろう):歌舞伎の『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)』を原作としている噺。江戸の大店若旦那・与三郎と、やくざの妾だった美女・お富の、運命に翻弄される悲恋物語。
※ 髪結新三(かみゆいしんざ):小悪党の髪結い・新三が材木屋の娘お熊を誘拐して…。歌舞伎の『梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)』が原作の古典落語。「ピカレスク・ロマン(悪漢小説)」的な要素を持つ。
※ やんま久次(やんまきゅうじ、或いはやんまのきゅうじ):背中に大きなトンボ(やんま)の刺青がある道楽者の旗本・青木久次郎が主人公の噺。悪人(ピカレスク)を題材にした古典落語のひとつ。
※ もう半分:ある居酒屋の常連の親父。実に変わった飲み方をする。一合の酒を一度に頼まず、はじめに半分の5勺を飲みきってから、「もう半分…」と残りの5勺を頼むのだ。背筋がぞくぞくっとする、かなりおっかない怪談噺。
― (白酒師匠お得意の)「喧嘩長屋(※)」は?
持っています。けど…私が演ると、本当に“(桃月庵)白酒”過ぎちゃうんですよ。くすぐりとか、噺の運びが“(桃月庵)白酒”過ぎるんですよ。そのまま演ると(白酒師匠のコピーみたいで)ちょっと意味ないかなって思っていますし、一方で、わざわざ直すんだったら教わった意味がなくなるのでは?とも感じていますし。
― 同じく(白酒師匠お得意の)「松曳き」は?
こっちは持っていません。ただ、うちの師匠からは教われないなって思うんですね。
― なるほど
これはもうトラウマじゃないですけど…。うちの師匠の噺を演ると、「白酒の真似している」って前座の頃から言われてました。(いや、前座だから当たり前だろう)って思ってはたんですけど…。うちの師匠は“工夫”が売りみたいなところもありますから、その工夫を「あいつ、何の苦労もせずに真似している」と白酒ファンに思われちゃうみたいで…(苦笑)。
「白酒っぽい」って言われるのは。良い面もあれば、そうじゃない面もあります。これが他の一門の前座だったら、そうは言われてないと思うんです。でも白酒の直弟子が、「白酒の松曳き」をそのままやっても…。
ずっと「粗忽長屋(※)」をね、白酒に教わって演ってたんです。で、根多卸し(※)をしたのが白酒の会なんですね。結果、すごいウケたんですけど、同じくらい文句がきたという(笑)。
だからめちゃくちゃ変えちゃうんですけど。師匠から教わった噺を。でも変えたら意味ないだろうと、結局ぐるぐる回っちゃうんです。なので「松曳き」はうちの師匠の工夫が入り過ぎているので、教わってしまうと、またジレンマに陥りそうな、葛藤しちゃうような気がしています。まぁ、その葛藤している時間もプラスになっているのかも知れないんですが。
※ 喧嘩長屋(けんかながや):ある長屋で夫婦原喧嘩が始まる。次第に長屋連中も巻き込んでの大喧嘩に発展。家主が帰ってきて仲裁にはいりますが・・・。
※ 根多卸し(ねたおろし):噺家が初めて高座で演じる、まだ演じたことのない落語の演目のこと。初演。
※ 粗忽長屋(そこつながや):同じ長屋に住む八つぁんと熊さん。どちらもそそっかしい性格の二人。ある日、八つぁんが浅草の観音さまにお参りしたところ、行き倒れに出会い…
※ 松曳き(まつひき):殿様と三太夫の粗忽なコンビが珍妙なやりとりを繰り返す抱腹絶倒な噺
― その手のお悩みって、どの一門にもあることのように思うんです。確実にウケる面白い噺があって、そのお弟子さんが師匠に習いに行く。高座にかけると「物真似だ・コピーだ」みたいに言われる。けど、ウケるという。ジレンマというか…。他の噺家さんは、どのように解消されているんでしょう?
これはいざ、自分で壁にぶち当たって、俯瞰した感じで、一歩引いて考えてみたんですけども。この手の話は(柳家)喬太郎師匠(※)とか(春風亭)一之輔師匠(※)も高座で同じことをおっしゃっていまして。
― はい
「(柳家)さん喬の弟子なのに新作やっている!」とか「さん喬の弟子なのにちゃんとしてない」とか言われる。一之輔師匠は一之輔師匠で「(春風亭)一朝の弟子なのに…」みたいに比べられると。そこと闘っている師匠方もいます。
で、結局、(ご自分たちの)師匠と違うスタイルの噺家の方向に進んで成功してらしているなとは思うんです。意図して離れようとしたのか、流れで自然とそうなったのか、その過程はわかりませんが。でも師匠と違っている人の方が売れてる?というイメージもあったりして。私個人としては(師匠のスタイルとは)離れた方が正解なのかなっていまは思っています。
私も白酒と同じにならないよう意図的に変えた噺の方が、自分というオリジナリティが出るからなぁ、とは思います。ただ、わかんないです。この噺は師匠らしいと言われてプラスになる人もいますので。
※ 柳家さん喬(やなぎやさんきょう):人情噺から滑稽噺まで自在に操る落語界の第一人者。一般社団法人落語協会の会長。
※ 柳家喬太郎(やなぎや きょうたろう):古典・新作両面で高い評価を獲得し、落語界を代表する人気者。古典は人情噺で知られる柳家さん喬に正統派の落語を学び、新作落語では三遊亭円丈に多大なる影響を受けて今がある。SWAの一員(当時)。
※ 春風亭一朝(いっちょう):5代目春風亭柳朝の総領弟子。キレのある口演で「江戸っ子」を演じたら右に出るものなし。歌舞伎や落語での囃子を担当する程の笛の名手。2020年3月 第70回芸術選奨文部科学大臣賞(大衆芸能部門)受賞。
※ 春風亭一之輔(しゅぷうていいちのすけ):一朝師匠の2番弟子。言わずと知れた超売れっ子落語家。
― 黒酒さんなりの“工夫”についてお聞かせください。師匠のとは違う黒酒さんなりの工夫。
これは噺(根多)よって変わります。例えば「井戸の茶碗(※)」。裏長屋に住む浪人・千代田卜斎の娘さんがちゃんと高木佐久左衛門(仏像を買い取った侍)に一目惚れする要素をちゃんと入れ込んでいる。ここがうちの師匠の“工夫”なんです。この工夫はカットすることができないくらい、いい工夫。なのでそれは残したいんです。
で、例えば「粗忽長屋」。「生き倒れ」の部分で、生き倒れ⇒粋だ、オーレ!⇒小粋なフラメンコ。ここがうちの師匠の“工夫”なんです。この場合は、この工夫は絶対に残しちゃいけない(そのまま演ってはいけない)だろうなと思います。このような“残しちゃいけない工夫”に相対してはじめて“自分の工夫”が生まれるんでしょうね。
うちの師匠に教わると、そこ(そのままやってはいけない工夫)について考える場面が多いです。時間がかかっちゃう。一方で雲助師匠の場合は、教わったままやっても、そのまま評価につながるケースが多い。
※ 井戸の茶碗:人呼んで「正直清兵衛」、くず屋の清兵衛が、とある裏長屋で、千代田卜斎(ちよだ・ぼくさい)と名乗る浪人から、煤けた仏像を二百文で買ったところから物語が動き出し…。
― 効率が良いと言うと語弊があるかもしれませんが、雲助師匠に教わりに行くほうが葛藤もないし、評価をされるし、良いことだらけですよね(笑)
雲助師匠が噺を教えていただけるうちは、どんどん教わりたいなとも思いますし。仮に新作落語を演るとお客様に喜んでもらえるからといって新作落語づくり・新作落語を習いに行く、というもの優先順位としてどうかなと思いますし。やっぱり結局流されているなって思っちゃうんですよね。
― 黒酒さんはストイック、自分に厳しい方でいらっしゃる?
どうですかね。みんな考えているんじゃないですかね、それぐらいのことは。

チラシ掲載の文章は、インタビュー記録からの抜粋です。全文は、ここでしか読めません。ぜひ、読んで感じて知ってください。黒酒さんの本音、素顔。そして落語観。
桃月庵黒酒 独占インタビュー(3)
