「天災」という演目について
― 先ほど話題に上がりました「天災」という根多について、もう少しお聞きしたいのですが
以前、一蔵兄さんと「(一朝)師匠の噺(根多)の中で一番好きなのは?」という話をしたことがあって。
そん時に「僕は『天災』です」って答えたんです。そしたら兄さんが「ばかやろう!俺もだよ!!」って。聞くところによると一之輔兄さんも(師匠の)「天災」が好きらしくて。やっぱ、一門、みんな師匠の「天災」が好きなのか、好きになるのかって思っています。一門のみんなそれぞれに思い入れがあるのかもしれませんし、みんな(自分の根多として)持ってるんじゃないですかね。
林家から(この根多をみんな)やってるんで。(一朝師匠から見て)大師匠(林家彦六※)、師匠(五代目春風亭柳朝※)、そしてうちの師匠と。
僕の場合、師匠に稽古をつけて貰う(自分の師匠に噺を教わる)ことが多いんですけど、そん時に師匠に言われたのが「この噺はそもそも難しいんだよ。(笑いどころに至るまでの)仕込みが長いし、噺自体も30~40分と長い。最後にしくじると、(それまで自分は何をしていたんだろう…)と呆然となりかねない。俺だってうけるようになったのは、ここ最近、50~60歳になってからじゃないかな。若い頃に覚えてたから、やってみようと思って。自分のものにするまでは時間がかかると思うけど、いっぱい高座にかけた方がいいよ」と。
登場人物も5~6人くらいしか出ませんし、構成としては「子ほめ(※)」と似ていますかね。「子ほめ」の最上級版が「天災」なのではないだろうかとも感じます。ただ、「子ほめ」よりも江戸っ子要素がばちこーんと出ますね。江戸っ子色が濃いですね。やっていて楽しいけども、難しい噺です。
― 私(新免)が今まで聞いた「天災」の中で一番面白かったです。「天災」聞いて、一番笑いました。
いやいや、それは、ちょっと…(苦笑)
― 「天災」って基本、長めのだと思うんですが、寄席でかけたことは?
まだないです。以前、うちの師匠の興行のことですが、ある日、(柳家)小里ん(※)師匠が「天災」をかけたんです。寄席サイズの。「15分でも、ここまでできるんだ!」と感銘を受けました。
(高座から)降りてきて、そしたらうちの師匠と話をしてて。「兄さんが昨日、天災をかけたから俺、今日やった。かけたかったんだよね。でも兄さんよりも先にかけちゃ悪いからさ」と小里ん師匠が。仲が良いので。うちの師匠と小里ん師匠。
「林家(彦六師匠)は本当に(噺が)上手かったよね。伸縮自在で。頼まれれば長くも短くもできた。短くするのよりも、長くするのは難しいんだよ」と小里ん師匠。
いつかは覚えたい根多のひとつが「天災」でした。(一刀さんから見て)大師匠(五代目春風亭柳朝)も、うちの師匠も十八番(おはこ)にしてた噺ですからね。でも、自分の当初の計画では(同じ十八番でも)先に(師匠には)「祇園祭」を教わる予定だったんですけどね。なぜか「天災」を先に。
― 五代目柳朝師匠、一朝師匠の系譜として覚えたい根多は「祇園祭」「天災」あとはほかに?
「鮑のし(※)」(前回のインタビューでも答えていただいています)ですね。ただ、うちの師匠に噺を教わりたい人が多くて、なかなかお願いしにくい感じですね。遠慮しちゃいます。
※ 林家彦六(はやしや ひころく):春風亭一朝師匠の大師匠。一朝師匠は二つ目昇進の際、大師匠の林家正蔵(後の彦六)から、一朝という名跡を頂いた。
※ 柳家小里ん(やなぎや こりん):五代目柳家小さん一門。小里ん一門:柳家海舟、柳家小もん、柳家小ふね
※ 子ほめ(こほめ):ご隠居の家を訪ね、家に入るなり酒を飲ませろとねだる八五郎。ご隠居は「人にごちそうしてほしいならお世辞のひとつも言えなければいけない」と諭す。そこで…
※ 祇園祭(ぎおんまつり):京見物に来た江戸っ子の三人組。祇園祭のある日に、祇園のお茶屋に上ると隣から大坂の者と京者の江戸の悪口が聞こえてきて…
※ 鮑のし(あわびのし):稼ぎが一銭もなく、腹を減らして家に帰った甚兵衛。妻に「何か食わしてくれ」とせがむと、妻は…
憧れの存在について
― 一蔵師匠がご自分のラジオ(文化放送「くにまる食堂フライデー ~どうした!?一蔵!」)で、小痴楽師匠がゲストの回のときに「うちの弟弟子の一刀が、小痴楽兄さんに憧れていて~」とお話しされていました。
小痴楽兄さん(前のインタビューでも言及)と初めてお会いしたのは、「小痴楽・吉笑二人会(※)」のときです。お二人ともまだ二つ目のときの会で、そんとき僕が前座を務めさせていただいたんです。もう、なんかかっこいいんですよね。高座に上がる前の自然体のときもかっこいいし、高座でもかっこいいし、打ち上げのときも。ただのファンですけどね(笑)。こないだ久々に「チャリ亭(※)」の打ち上げでお会いしました。相変わらずかっこよかったです。
いまでこそ僕は煙草を吸いませんが、当時は小痴楽兄さんがショートホープを吸っていたので、自分もショートホープに銘柄を変えたくらい。もうアイドルですよね。
― 小痴楽師匠。飄々としていて、芸人らしいゆるさはあるものの、芯は真面目。若いのに、いつも風に吹かれて、ゆらゆらしているかっこよさがありますね
いつか、自分の会にゲストで小痴楽兄さんを呼べたらいいな?って秘かに思ってまして。ただもし出て頂けることになったら、緊張して絶句するかもしれません(笑)
※ 柳亭小痴楽(りゅていこちらく):五代目柳亭痴楽の次男として生まれ、16歳で落語家の道に。2019年に協会で14年ぶりとなる単独真打昇進の快挙を達成。第07回くがらく出演者。
※ 立川吉笑(たてかわきっしょう):立川談笑門下一番弟子。2022年11月、落語立川流としては17年ぶりとなるNHK新人落語大賞を50満点で受賞。
※ 正式には「能登応援落語会 チャリ亭」。能登半島地震の復興支援プロジェクト。2024年1月20日~2月22日までの3会場全16公演で皆様からお預かりした義援金(木戸銭、オークション売上げ、募金、らくごカフェチャリティ福袋)は合計で¥5,091,986。義援金は全て「公益財団法人 風に立つライオン基金」窓口に持参
― 憧れの存在と言えば、よく話に出てくるのが一門の兄さん、一之輔師匠と、一蔵師匠。
尊敬もしている大好きな兄弟子たちですが、よく寄席の楽屋でいじられます。以前、楽屋で挨拶したら、他人の振りをされました。
一 刀 おはようございます。
一 蔵 きみ、だれ? 名前、なんていうの?
一 刀 一刀ですよ。何言ってんですか、同じ一門でしょ!
一 蔵 兄貴,こいつ一朝一門だって言ってますよ
一之輔 春風?そんな奴は(一門には)いねえよ
一 刀 勘弁してくださいよ
一 蔵 (一之輔)兄貴!こいつ、一刀っていうらしいですよ。
一之輔 へぇ、一刀って言うんだ? よろしく。俺,一之輔!
と、まぁ、こんな感じです。なんていったって、僕に言わせりゃ、この二人は落語界のリアル源兵衛と太助(※)ですからね。
※ 源兵衛(げんべえ)と太助(たすけ):古典落語「明烏(あけがらず)」に出てくる二人組。町内の札付きの遊び人として、うぶな主人公の時次郎を、吉原に誘い…
― 札付きの・・・(笑)
でも、かっこいい。一蔵兄さんが、ある寄席の出番前に「久しぶりに『一目(ひとめ)上がり(※)』やってみようかな」って言いだしまして。「(根多として)持ってるんですか?」 「持ってるよ。随分やってないけど」 「大丈夫なんですか?」 「まぁ、いけんだろ」って上がっていって。ばっちりやって(お客さんを)沸かして高座から降りてきて。「久々にやったらおもしれぇなぁ」って一言。
かっこいい~~~!!!って思いました。
昔、初高座で絶句したというトラウマがあるんで、僕には無理な芸当です。いまだに「もし、絶句したらどうしよう」って脳裏をよぎるので、ちゃんと(事前に)さらっておいた噺しか無理です。トラウマが重症になっちゃうと、もう廃業せざるをえなくなっちゃうので(笑)。さすがに泣き出しはしませんけど、「この先、なんだったかわかります?」ってお客さんに聞いちゃうかも。それくらいの度胸はつきました(笑)
― しっかり稽古してから派、なんですね
はい。こないだ久々に鈴本で「金明竹(きんめいちく※)」やりまして。与太郎が出てくる根多、言いたてのある根多が苦手で、金明竹はもうその2つが関係している噺ですから、僕の大の苦手中の苦手な根多。それでも久しぶりに寄席でかけてみたくなり、前日からしっかり稽古して高座で。
そしたら、上方のお客さんの最初のところで噛んじゃいまして。「わては、中橋の加賀屋佐吉方から使いに~」のところで。何とか言い終えて次、与太郎のターンになったので「お前、この根多久しぶりにやったろ?稽古不足だな?」ってやったら、ウケましたけどね。そしたら、僕のペースになったので、客席と一体化して、いい感じにやり切れた、ってこともあります。
もちろん噛まないでスラスラが一番良いんですけど、噛むことをマイナスばかりに考えず、こうやって武器にもできるんだな、ってことは学びました。
― とは言え、一刀さんの高座での機転の利かせ方は素晴らしいなと思いますね。以前、深川の清澄白河での会のことを話されていましたよね。「高座の途中で5人の自分が(この後、どんな根多をやろうかなと)緊急会議を始める」ってお話をされていました。それが瞬間的にできるのが凄いなと。
いやいや・・・
― 寄席だと、前に上がった人の根多や枕を引用したりして、寄席の流れを作るというか、笑いを生み出す方もいらっしゃいます。一刀さんは、それができる噺家さんだと思います。アドリブを利かせることができる噺家さんだなと。
経験を重ねてできるようになるんだなと思います。敢えて言わない人もいますし。
※ 一目上がり(ひとめあがり):新年の挨拶で隠居の家へ行った八五郎。床の間の掛け軸に「雪折れ笹」が描かれていて、何か文字が書かれている。それを…。「七福神(しちふくじん)」「軸ほめ(じくほめ)」といわれることも。
※ 金明竹(きんめいちく):どこか抜けていて、ぼんやりしている甥っ子の松公(まつこう)を預かることになった道具屋の主人。主人が留守のときに、次から次へと来客が。それに応対した松公なのだが…。「言いたて」(落語の中に出てくる長ゼリフ)も見どころの根多。
今後のこと。来るべき真打昇進を見据えて
― 「業物(わざもの)」という月に一度の勉強会もそうですが、定期的な落語会も何本かありますよね。
「五十歩百歩」とか、「もくろみ(※)」ですね
― 本当に「五十歩百歩」には行って良かったと思っています。先日の小はぜさんの「粗忽の使者」もめちゃくちゃ笑いましたし。
あの会はですね、(柳家)圭花兄さんも(柳家)小はぜ兄さんが短い噺のときが多いんですよ。いつもは長くても20分くらいの根多しかかけて下さらないですけど、あの日は出演者が4人だったので、いつもよりも長めのをかけて下さったんです。
― 小はぜさんが「粗忽の使者」で、圭花さんが「位牌屋(いはいや)」でしたね。
「位牌屋」なんて珍しい根多ですよ。あの日は2人もすごくて、僕なんて(高座の出来としては)ぼこぼこにやられちゃいましたね。
― あの小屋(棕櫚亭)はいい環境ですよね。都心の会館にはない良さを感じます。
圭花兄さんも小はぜ兄さんも小田急線ユーザーなので、前座の頃から可愛がってもらっています。
― 木曜落語勉強会「もくろみ」や、生配信「ニッパチ!」など、一刀さんが一番先輩(香盤が上)の会も増えてきました。
怖いですね(笑)
※ もくろみ:落語協会二ツ目の勉強会。毎週木曜日19時開演。場所は新宿無何有。メンバー:春風一刀・柳家小もん・金原亭小駒・桃月庵白浪・柳亭市好・林家やま彦・林家きよ彦・三遊亭歌彦・入船亭扇太から、毎回4名が出演。
※ ニッパチ!:落語協会所属の二ツ目落語家12名による毎朝8時の生配信番組。寄席の楽屋に遊びに来た気分でお聴きください。通勤中など朝のBGMにもおすすめです。 https://www.the4ki.com/28nippachi
※ 柳家圭花(やなぎや けいか):柳家花緑一門。古今亭志ん松(2024年9月に真打昇進 七代目志ん橋を襲名)ブログより「柳家圭花のこと」
※ 柳家小はぜ(やなぎや こはぜ):第22回くがらく出演者。柳家はん治一門。
※ 金原亭小駒(きんげいてい ここま):十一代目金原亭馬生一門。曽祖父は昭和の名人・古今亭志ん生。大叔父・志ん朝、祖父・十代目金原亭馬生。
※ 桃月庵白浪(とうげつあん しらなみ):桃月庵白酒一門。「白浪」という名前は大師匠である五街道雲助同様悪党の名前から。
※ 林家やま彦(はやしや やまびこ):林家彦いち一門。落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。お題「MVP」の回で、「今季のMVP」に選ばれた。
※ 林家きよ彦(はやしや きよひこ):林家彦いち一門。2022年 第1回プリモ芸術コンクール 落語部門グランプリ。
※ 粗忽の使者(そこつのししゃ):杉平柾目之正(すぎだいら_まさめのしょう)の家臣である地武太治部右衛門(じぶたじぶえもん)。彼はとてつもなく、おっちょこちょいで…
※ 位牌屋(いはいや):子どもが生まれたというのに、金がかかるだけと小言を言っているケチな商家の旦那。そんな旦那の店に芋屋が行商に来て…。
― 9下(くしも。9月の下席)から、10下(じゅっしも。10月の下席)まで、番頭業を務めるそうですが。
大好きな朝之助(※)兄さんが真打に昇進します。春風亭朝之助 改メ 春風亭梅朝になられます。すぐ下の弟弟子が番頭を務めるのがならわしなので、僕が番頭を。
(番頭とは)マネージャー業務のようなものです。番頭中は、兄さんファーストで努めます。
真打昇進のお披露目期間中のすべての裏方を差配するのが役目。パーティーの招待状やお披露目三点セット(手ぬぐい、扇子、口上書き)の発送、弁当の発注、披露パーティーや寄席に手伝いに来る二つ目の配置、チケットや物品の販売(売り子)、ご祝儀をはじめ、支払いなど金銭面の管理、スケジュールの管理、記者会見の裏方業務など
― 一刀さんご自身もいずれ真打に昇進し、お披露目が行われるわけですが・・・
いまは考えたくないですね(笑)。怖いです。「五十歩百歩」の楽屋でも、「圭花・小はぜ・一刀は、もう(真打昇進まで)時間がないね。どうする」なんて話をみんなでしますね。(後輩の柳亭)市若以外は、みんな真打(昇進)が見えていますからね。
いまの自分の実力を考えたら、真打に上がるのは怖いですよ。だって、みんなから「師匠」って呼ばれるんですよ(苦笑)。考えたくもないですよ。まいっちゃいますよ。
※ 春風亭朝之助(しゅんぷうてい ちょうのすけ):2023年 第34回北とぴあ若手落語家競演会奨励賞。2024年秋に真打に昇進。春風亭梅朝を襲名。
― ご自身の真打昇進に際しては、どのようにしたいとか考えはありますか?
二つ目に上がった時は、(一刀と言う)名前も出囃子も、自分で「こうしたいんです」って感じで決めましたので、次(どうするか)は師匠とおかみさんと話しあって決めたいですね。「一刀って『刀』。刀って、切るものだぞ。縁が切れるってことにならないか?」って、つけた後に一之輔兄さんに言われたんで、もっと早く言ってくださいよ!って。
まったく新しい名前を考えても(ルール上は)いいんですけど、「一」の字も「朝」の字もなくなったら、いよいよ誰の弟子かわからなくなるじゃないですか。いまさら「春風」から「春風亭」にも戻せませんし。
― 将来、どんな落語家になりたいですか。
「一人前の噺家になりたい」。入門当時の履歴書には、そう書いたんです。ですから理想は師匠。師匠みたいになりたいです。あと寄席に出ていたい。顔付けされる落語家になりたい。今後は、夏の噺・秋の噺を増やしたい。そんな感じです。
ただ、これからどんな噺家になるか、自分でもわからない部分は多いです。
どうします?僕これから、急に古典一辺倒の噺家になるかもしれませんよ。そういう噺家もいるんですよね。二つ目時代は新作やっていたけど、もうかけなくなる方とか。
― もし、そうなったら、いまやってらっしゃる新作落語が幻の新作になるかもしれませんね。
― 最後に「くがらく」においでになるお客様に向けて、メッセージをお願いいたします。
二つ目になってからだいぶ経ちますし、ここまで成長したんだ、というところを見ていただければありがたいです。また、(遠峰)あこ先生とは、接点がこれまでないので楽しみです。胸を借りるつもりで頑張ります。お客様においては、あこ先生との化学反応がどうなるかもお楽しみにおいでください。損はさせません!
9月~10月は、番頭としてしゃかりきになってがんばって、11月は解放された!ってなって爆発すると思います。
インタビューを終えて
今回のインタビューは、一刀さんの地元・小田急線 千歳船橋駅にあります、おすすめのカフェ『喫茶 居桂詩(こけし)』さんで行わせていただきました。レトロな家具と古道具に囲まれた、ゆっくりとした時間が流れているようなレトロ空間です。
じっくりお話を伺いました。益々面白くなって戻ってきた7年ぶりの一刀さんを、どうぞ楽しみにしてご参加いただければと思います。
いまはまだ、一刀“さん”ですが、いつかは、一刀“師匠”とお呼びする日が来ます。そしていつか、『千歳船橋の師匠』と呼ばれるかもしれません。
掛け声はもちろん、『待ってました!千歳船橋!』
(インタビュー&撮影:2024年5月吉日)
取材・構成・文:三浦琢揚
(株式会社ミウラ・リ・デザイン)
チラシ掲載の文章は、インタビュー記録からの抜粋です。全文は、ここでしか読めません。ぜひ、読んで感じて知ってください。一刀さんの本音、素顔。そして落語観。
春風一刀 独占インタビュー(2)