桃月庵黒酒

― 卒業されたという「義太夫教室」についてうかがいたいのですが

また通い始めました。体調が改善されて余裕ができた(※)ので、また新たに始める感じです。

※ 体調改善:ここ数年、酷い睡眠障害に悩まされてきた黒酒さん。CPAP療法(持続陽圧呼吸療法)を行うことで体調がよくなってきています。CPAP療法とは、睡眠時無呼吸症候群(SAS)(特に中等症~重症)の標準治療法で、鼻マスクから加圧された空気を送り込み、気道を広げて無呼吸やいびきを防ぐ治療です。

― そもそも義太夫教室に通おうとしたのは?

雲助師匠がきっかけです。(隅田川)馬石師匠が「『義太夫が一番落語のためになるんだ』って雲助師匠が言っていた」っていうのを聞いて、じゃあと。それとは別に「(黒酒さんは)声がいいから義太夫に向いていますよ」って何人かの方に言われていたので、じゃあやってみるかと。

これはあくまで私個人の感想ですが、義太夫が何がためになるかと言いますと、義太夫は(落語の高座と違って)上下(かみしも)を切らない(※)んですね。さらに、落語と違って演じる際の決まり事、制約がたくさんあるんですよ。息継ぎの場所から、イントネーションから何から全部決まっている。おそらく、(私のような初心者は)感情ぐらいなんですよね(教わってる段階で)変えていいのは。言葉だけで表現する。なので、言葉一文字一文字の重みが違うというか。

一定のトーンで喋っていても声の調子っていうのは勝手に下がっていく。だから、維持するにも力がいるよとか。息の吐き方一つとっても、ゆっくり吐く方が次のセリフの息が入りやすいよとか。4人いると語るときには、ただ4人って言うんじゃなくて、4人いるように喋りなさい、4人という単語を、みたいな。これらのことは全て落語にない教えなんですよね。

― 「寝床(※)」は根多としてお持ちなんですか?

持ってないですね。まあ、あれは下手にやらなくちゃいけないというところもありますけど。でも(義太夫を)知っていた方が下手にもできるから、いつか覚えなくちゃいけないなとは思っています。

雲助師匠には「寝床を教えてやろうか?」と言われています。雲助師匠の「寝床」って、本当に義太夫を習ってきた人にしかできないような、いろんな義大夫の知識も詰まっているみたいな根多なんだそうです。

― いいですね。

「ただし、俺の『寝床』は1時間あるけどな」って言われて、「いやぁぁ、それは…(苦笑)」って言って、そのままです(笑)。

― ぜひ覚えていただきたいですね、その「寝床」国宝バージョン。教わってくださいよ。本当に

どこでやるんだよって感じですよ(笑)。1時間もある噺(笑)。

― いやいや楽しみですよね

教わって損はないんだろうなとは思いますね。ただ、まだ踏み切れていません(笑)。

― 根多出ししていただけたらお客さんいっぱい来ると思います。「1時間寝床」

本当に寝ちゃうんじゃないですか(笑)。

― 非常に楽しみです。

※ 上下(かみしも):落語の「かみしもをつける(切る)」とは、落語家が一人で複数の登場人物を演じ分けるために、顔の向き(視線)を左右に変えて役を切り替える技術のこと。舞台の「上手(かみて・客席から見て右)」と「下手(しもて・客席から見て左)」を使い分け、上手を向いたら身分の高い役、下手を向いたら低い役、といったように視線で人物の立場や位置関係を表現し、観客に想像させるためのテクニック。

※ 寝床(ねどこ):下手な義太夫語りを披露したがる大家だが、長屋の住人たち・奉公人たちはそれを嫌がり・・・

― 義太夫以外にいま新たに習ってみたいことは?芸事以外で。

楽器には興味ありますね。あとはデザイン。チラシも自分で作るのが好きなので。そういうのもできたらいいなぁと思うんですよね。楽器は義太夫教室で義太夫三味線というのをやったんですけど楽しいなって思ったんで。

― いまお持ちの根多数はだいたい

100ちょいですね。

― 黒酒さんのお得意な根多は?

「初天神(※)」と「景清(※)」です。

― 「初天神」、聴いてみたいです

「初天神」は雲助師匠が褒めてくれたんです。「お前の(演じる)子どもは面白いな」って。それ以来、子供が登場する噺は、ちょっと向いているのかなと思って割とやっています。

「景清」は、なんか好きなんですよね。“信心(しんじん)”って結構ファンタジーじゃないですか。落語の面白いところで、現実と地続きだけど、当たり前のように神様がいる。親孝行の噺だし。おめでたいし。座頭市(※)が、勝新太郎も好きなので。何か重なるというか、好きなんですよね。哀愁というか。

※ 初天神(はつてんじん):父親が息子の金坊にせがまれて湯島天神に。ところが金坊は屋台でねばって飴や凧を買わせようとして・・・

※ 景清(かげきよ):京都で三本の指に入ると評判の目貫師(彫金職人) の定次郎が失明した。医者にも手遅れだと諦められる。外見では明るさを装っているが実際は絶望の底にあり…

※ 座頭市(ざとういち):凶悪な犯罪事実(凶状)を抱え、逃亡中。盲目の侠客である座頭の市が、諸国を旅しながら驚異的な抜刀術で悪人と対峙する、アクション時代劇シリーズ

桃月庵黒酒

「俺は涙が擦り切れるまで稽古した」

(五街道雲助)

― 黒酒さん、ご自分でも涙もろいという風にお書きになっていますね

めちゃくちゃそうですね。噺家になってからかな、特に。

― 先日聴いた「子別れ」がそうですけど、すごく感動の高座でした。聞いているお客さんたちもグッと込み上げてくるんですけど、ご自身で気持ちが入りすぎて、本当に泣きそうになることとか、そういうことはないのですか?

(自分でも)泣いていましたよ(笑)なんか昂っちゃうんですよね。それで喋れなくなることはないんですけど、昂っちゃって言葉に詰まることは普通にあります。なんとなく自分(の生い立ち・境遇)と重なりやすい噺、自分の思っていることをそのまま誰かに伝えたいみたいな、そこに面白みを感じているので、そこばっかりやっちゃっているかもしれないですけど、なんか涙もろくなりましたね。二つ目になってから特に。

― いわゆる憑依系(の噺家)というか、そういう風なタイプですか?真に迫る感じは。個人的には、プロの高座の凄さ・凄みを感じて好きなんですが、プロとしては高座で泣くのはダメだとか言われたりすることあるんですか?

そうですね。

― あぁ、やはり言われたりするんですか

今度、「雲古塾」で、その「子別れ(※)」を演ることになっていて、(演じた)二つ目からの質問コーナーもあるので、そこで(雲助師匠に)聞いてみようと思っているんです(※)。「ちょっと泣いちゃうんですけど」って。「景清」でも泣いちゃいましたし。雲助師匠に教わって、上げの稽古のときに。意味わかんないですけど(笑)。泣くことには関してちょっと聞きたいなと思っています。うちの師匠は何かの本で書いていたんですけどね、「泣くのはかまわない。それだけ入り込んでいるんだから」みたいな。確か。でもなんか、やっぱり粋じゃない感じしますよね。

※ 子別れ(こわかれ):酒好きで妻子に逃げられた大工の熊五郎。改心し、息子と再会する涙と笑いの人情噺。

※ 後日談:雲助師匠の「雲古塾」での回答(「うん蓄」を編集しています)  「(泣いてしまいそうな人情噺をやるときは)素の感情は7割で、感情をコントロールする冷静な部分を常に3割残しておくこと。(噺家が)高座で泣くのはみっともない。その代わり稽古でたくさん泣いておくこと。俺は涙が擦り切れるまで稽古した」

― 雲助師匠でいいますと、怖い噺の「もう半分」がとても怖くて記憶に残っています。

(私、その根多)持っていますよ。

― 普通の怪談噺よりもこんなに怖いのかって。鈴本(演芸場)で聴いたんですけども。やっぱり黒酒さん(の声)も怪談向きですよね

はい。得意根多としてやらせてもらっています。雲助師匠のが怖いのは善人がいないからですね。あれがそもそもの元の形らしいです。そこから、原形のままではちょっと酷すぎるだろうってなって、亭主に良心が残っていたりするわけですけど。

あの噺の惨い部分を雲助師匠は芝居に落とし込んでいるから成立しているというか、より良くなってると思うんうんです。やっぱ怖いですよね。当たり前のように嘘ついている感じが。殺害するところとかじゃなくて、この爺さんがどうなっても自分の欲のために平気で嘘をついている、そんな夫婦像が多分不気味なんでしょうね。いわゆる人間の業の部分ですね。

― 根多はどういう風に覚えていくのですか?

私だいぶ特殊ですよ(笑)。らくしよう・らくしようってね。普通の人だったらノートを出して、音源を再生して何回も再生しながら手書きしていくみたいな感じでしょうけど。私はスマホのアプリで繰り返し再生させながら、iPadのマイク機能をオンにして聞いたセリフを言って自動で音声で文字起こしさせて、という。で、書き起こしたら、それを読んで、まず見ながら読んで。次に見ずにそれを言う。これを繰り返しながら覚えます。

― 歩きながら、ぶつくさ言いながら行ったり来たりとかは?

以前はそうしていました。歩かないと稽古できない!みたいな感じだったんですけど、「これは良くない。外に出ないと稽古できなくなっている」と思い直し、いまでは家に居ながらでも稽古できるように変わりました。いまはずっと家でやっていますね。

― 『芸は人なり』が黒酒さんの中でトレンドだとおっしゃっていました(※)。このトレンドは今でも続いていますか?

トレンドというかもう当たり前になりました。人情噺を演っていて泣いちゃうのとかもそうなんですよ。芸は人なりだなって思っていて、この“人を作る部分”ってなんだろうなと、ずっと考えていまして。急に良いことをしたとて意味ないだろうし、“人を人たらしめる部分”ってなんだろうって思ったときに、経験…経験だなっていう答えが、なんとなく自分の中で出ている感じです。いろんなこと経験する…みたいな感じですかね。

― 旅も?

はい。旅を始めたきっかけ、動機は「二つ目になって、高座以外でなにか目立つことをしたいな」って考えて始めたのが旅。お伊勢参り(※)を完遂できたことで、旅の面白さにも気づきましたし。

― 先日の滝行(※)も?

はい。

― 今度はバンジージャンプするとか?

100mバンジーとか。死にかける体験をすると死生観が変わるとか、余命宣告されると真面目に生きるようになるとか、なんかそういうところにも興味がありまして。経験するとやっぱ変わる。経験が人変えるんだという心境です。

※ 最近の私のトレンドが『芸は人なり』(2023年10月17日)

※ お伊勢参り:噺家っぽくて俗っぽくなくてしかも目立つこととして実行。

※ 滝行:南足柄市の夕日の滝まで滝行しに行った。柳家小ふねさんと。その際の動画はこちら

※ 柳家小ふね:ふらがある、奇才、奇人、400年に一度の逸材など、いろいろな表現で巷の評価が高まり続ける稀代の若手落語家。


チラシ掲載の文章は、インタビュー記録からの抜粋です。全文は、ここでしか読めません。ぜひ、読んで感じて知ってください。黒酒さんの本音、素顔。そして落語観。

桃月庵黒酒 独占インタビュー(1)

桃月庵黒酒 独占インタビュー(2)

桃月庵黒酒 独占インタビュー(3)

桃月庵黒酒 独占インタビュー(4)

桃月庵黒酒 独占インタビュー(5)

桃月庵黒酒 独占インタビュー(6)