

“白”から渡された“黒”。
白酒の明るさ、黒酒の深み。
― 白酒師匠(※)に弟子入りしようと思ったのは、師匠の高座を観たからだそうですが(白酒師匠の会をご覧になったのって)、大阪で?
全然全然。私が落語にちゃんと触れたのは東京に来てからのことですから。うちの師匠の会が練馬区の、うちから自転車で10分か15分くらいの場所でやっていて、「近いから行ってみるか」となって。そこが初めてですよね。
※ 桃月庵白酒(とうげつあんはくしゅ):雲助一門。現代的なくすぐり(駄洒落や時事ネタ、内輪ネタなど)や毒舌を織り交ぜつつ、古典落語に革新的な「遊び(工夫)」を加え、現代の滑稽噺の名手として絶大な人気を誇る落語家。
― そのあたりのお話をお伺いしたいんですけど。チラシで見たんですか?それとも誰かに誘われていったのか?
いやいや自分で調べましたよ。
― その時は噺家さんになろうかなと思って調べていたんですか?
いや全然全然。当時はお笑い芸人だったので、お笑いの勉強しようと思っていて。フジテレビの「噺家が闇夜にコソコソ(※)」って番組を特集した記事が確か日経エンターテイメントかな、に掲載されていまして。そこにうちの師匠が載っていたんです。
※ 噺家が闇夜にコソコソ:落語家たちが今話題のニュースの裏側を綿密に取材し、巧みな話術と独自の切り口で見事に「噺」に仕上げて披露するバラエティ番組。フジテレビ系列で2014年4月1日未明から9月23日未明まで放送された。
― はい
その中に出演者の紹介がありまして、うちの師匠の紹介(のされ方)が“いい声と毒”みたいな点を押し出していた、売り出していたんですね。それを読んで、そのときの自分の芸風に合っていたから勉強になるかな?と思って見に行ったんです。(師匠とは)体型も近いし、体の使い方みたいなのも学べるかなと思いまして。それで調べて、初めて落語会に行きました。
― その時、白酒師匠は何をかけていたか覚えていますか?
覚えていません。それどころか全然理解できなかったです、落語が。
― 独演会ですか?
はい。練馬文化センターでしたかね。生で落語を聴いたのもそれが初めてでした。マクラでの笑いの取り方も漫才とは違うなぁとか思いながら観ていました。他のお客さんはどかんどかんと受けていましたけど、自分は理解もできないので、笑うこともなく、ずっと師匠の顔と動きを観ていました。そんな感じです。
― 二度目は?
二度目の落語体験も、うちの師匠です。「なんでウケているんだろう?」って気になったので。声もいいですし、自分もいい声だと言われていたので、共通点もあったので。
― 初落語体験から弟子入り志願までの期間は?
3年くらいですかね。
― 3年間かかったのは?
初落語のときに落語家になろうとは思ってなかったからですね。そのときは、あくまでも芸の勉強のために、落語を聴きに行っただけなので。その間は、歌舞伎観たり、ミュージカル観たり、いろいろ観に行っていました。
― 3年が過ぎて、弟子入りを決意したのは?
お笑い芸人としてはそこそこウケていましたし、順調と言えばそうだったんですけど、その頃、事務所からテレビ番組のオーディションに行けと言われていました。でも、(テレビ番組に出ても、うまく立ち回れる自信がないな)…って思い始めていました。ネタをやるのは楽しかったので、舞台だけで食べていけたらいいなとは思っていました。そういった意味で、もうそろそろお笑い(芸人)としては立ち行かないなと思っていた時期です。当時29歳で、落語協会は弟子入りが30歳までという条件がありましたので、入門するならいましかないなと。
― 3回(入門を)断られているそうですが?
はい。1日目行って断られて、次の日にまた行って断られて。その後、半年後に行ってまた断られて。最初は鈴本演芸場ですね。出待ちして志願したら「いま弟子が二人いるから無理」と言われて。で、翌日も行ったら「いや、きみを試しているわけではないから(弟子としては取らないよ)」と。ただ、去り際に「半年後、同じことを言っているかはわからないけどね」とおっしゃってくださいまして。で、半年後に行ったら「四か月後にまた来て」と言われて、四か月後に行ったら採っていただいた。そんな、いきさつです。
― よし!っと思いましたか?ついに念願が!という
いや、よっしゃー!はなかったです。不安しかなかったです。自分で入門志願に行っているんですけども。まだ、そのときは桃月庵白酒という落語家が好きなだけで、落語業界に入るという不安、落語で食べて行けるかとか、そんな気持ちで一杯でした。
― 入門許可の際、何と言われたのですか?
「バイトしてお金を貯めておきなさい」と言われましたね。なのでバイトして、あとは勝手に落語いっぱい聞いて、ノート(注:帳面のほう。ネットのnoteではありません)に感想を書き込んでいました。「この間、何をやってきたんだ?」って聞かれたときに示そうと思いまして。びっしり書いて「お前落語聞いてきたのか?」って言われた時に見せられるようにしていました。この見習い期間の間にめちゃくちゃ落語が詳しくなりました。
― そこから楽屋入りまでどれくらいですか?
楽屋入りまで1年半ぐらいですかね。見習い期間1年半。
― 見習いの期間はもう師匠に付いて歩いていました?
これがうちの一門の面白くないところで。そういう付いて回るとか何にもなくて。師匠との思い出がほとんどないっていう。たまに月1回落語会に呼ばれる、たまに掃除に行くぐらいで、あとはお金を貯めろって言われていたから朝も昼も夜も、ずっと寝ないでバイト(警備員)している、そんな1年半でした。
― 楽屋入りだよっていうのは、どなたからどういう連絡が来るんですか?
落語協会から師匠宛てに連絡が来て、で、師匠からメールが来きました。「楽屋入り決まったぞ。おめでとう」みたいな。そのメールはいまでも取っていますね。
― その時の気分というか感想は?
うわーって感じですよね(笑)。何にもできないけどって言う。着物もちゃんと畳めないし、太鼓も叩けないしっていう感じで。慣れてくるまで時間かかったと思いますね。
― 名前を頂戴するのはそのメールで、ですか?
いや違います。見習いの最中に、いや3~4か月…もっとかかったかもしれないですね。紙に「桃月庵あられ」って書いて、「名前はこれに決まったから」って渡されました。
― その時のやりとりは何かありましたか
ないですよ。師匠に話しかけたりできる感じではないので。別に師匠が怖いというわけじゃないですけど、余計なことは一切言わないようにみたいなのは、一番最初に言われたので。だからもう「ありがとうございます」。それだけです。うちはひな祭りの一門(※)なんで、みんなひな祭りにちなんだものの名前が付くんです。それで私は「あられ」と。
※ 桃月庵白酒、桃月庵こはく(元はまぐり)、桃月庵白浪(元ひしもち)、桃月庵黒酒(元あられ)、桃月庵ぼんぼり
― で、あられから「黒酒(くろき)」になるわけですけど、二つ目昇進時、「黒酒」をいただいた時の心境は?また、白酒師匠との「対の関係」になるお名前であり、ご本名(黒木)にもちなんだ見事なお名前だと思います。
命名について。「桃月庵黒酒の元帳」より引用
江戸東京落語まつり2022の最終日、楽屋から高座までの廊下で師匠が「桃月庵くろきはどう?」とニヤニヤしながら言った。一瞬何のことか分からなかったけど【くろき】というのは聞き覚えがある。
「ああ、私の苗字が黒木だからですね」
私の名前は黒木(くろき)という。黒木 繁盛。【桃月庵黒木】か。
めちゃくちゃふざけてるなぁ、と思ったら「くろきの『き』は『酒』な。お神酒の『酒』だから縁起がいいし洒落がきいてる」と師匠。
【桃月庵黒酒】いやいや白酒に対して黒酒は恐れ多いし、中学生が付けたみたいな安直さがある。
「いやぁ……」と渋い顔をしてると「まあ今パっと思いついただけだけど」と師匠は高座へ上がっていった。 『黒酒』というものは師匠が『黒木』から適当に作った造語じゃなく実際にあった。白酒とちゃんと関連しているし、ひな祭りの白酒もこの新嘗祭の風習から変化したという説があるそうで、桃月庵とも関わりがないわけじゃない。
また新嘗祭は11月23日(勤労感謝の日)で披露目の最中。本名の黒木とかかっていて洒落がきいている。パッと出るか? 本当は考えてくれたんじゃないか。私の両親がやっていた店の名前が『くろき』という。『くろき』の商売が繁盛するように、と付けてもらった『繁盛』。
期待には添えず『くろき』は繁盛しなかったけど、『黒酒』の商売が繁盛するための名前だったと思えば、30年以上意味がないと思っていた名前に意味が付いた気がする。
https://note.com/tga_kuroki/n/n0b37a4799fbb
― 真打に上がっても、ずっとこの名前でいかれるというお気持ちですか?
ずっと黒酒かどうかは決めていません。まあ、うちの師匠も節目節目で変えろっておっしゃっていましたし。雲助一門がみんな真打になっていたら名前変えたんで。雲助師匠は二つ目でいまの名前に変えていましたけど。自分でも「どうなるのかな?」みたいな気持ちはありますね。
― 桃月庵(という亭号)も変えるかもしれない?(※)
そうですね。この間うちの師匠が、初めて弟子だけ連れて謝楽祭(※)の打ち上げみたいなのをしたんですけど。そこでいまとなっては師匠に話しかけるのも割とできるようになってきたので、「こはく兄さんが真打になったら名前変わるんですか?」と聞いたら、変えろとは言いませんでしたけど、変えてもいいみたいな感じのお答えでした。こはく兄さんは変える気なのかどうなのかはわかりませんが、もし一人が変えたら、みんな変わっちゃうんじゃないですか。どうなるか分かんないですけど。
※ 改名の一門:大師匠である五街道雲助師匠は、十代目金原亭馬生に入門し、前座名は「金原亭駒七」。二つ目昇進時に「五街道雲助」に改名。一門の弟子は全て改名。三代目桃月庵白酒は五街道はたごからの改名、四代目隅田川馬石は五街道佐助からの改名、三代目蜃気楼龍玉は五街道弥助からの改名。
※ 謝楽祭(しゃらくさい):一般社団法人落語協会が毎年、東京都文京区にある湯島天神で開催している落語ファン感謝イベント
― 楽しみですね
うーん、まあこの黒酒という名前がその頃どうなっているかですよね。もし、知れ渡っていれば改名するのはもったいないですし。なにか襲名するとなれば、それはそれでありがたいですし。変えること自体は別に嫌じゃない感じですね。黒酒だけ残して亭号だけ変えるとかはないかな?とかいろいろ。
― あーなるほど。ただ、個人的にはやっぱりこう「白酒」に「黒酒」ってものすごい、こう絶妙にすごい美しい対比だなと思っているんですよね。
そうですね。御神酒(おみき)でも、白酒(この場合はしろきをと読む)と黒酒(くろき)というものがありますし、まあ縁起の良い名前だとは思います。いい名前をもらったなぁと思います。師匠がどこまで考えていたのかわかんないですけど。本当に色だけ変えたのかもしれない。わかんないですけどね (※参考資料)。
※ 参考資料:同上 桃月庵黒酒の元帳より 【2日目】あられ改メ黒酒
※ 黒酒さんの“黒酒”ですが、イントネーションは“御神酒(おみき)”と同じです。文字では伝わりにくいのですが平坦、フラットなイントネーションで“くろき”です。

チラシ掲載の文章は、インタビュー記録からの抜粋です。全文は、ここでしか読めません。ぜひ、読んで感じて知ってください。黒酒さんの本音、素顔。そして落語観。
桃月庵黒酒 独占インタビュー(2)
